本格的に受験勉強を始める頃になると、水月が教科書や参考書のページをめくりつつ「あ、違う」と呟くのを聞くことが増えた。「あ、そっか」といっているのも聞いた。

後ろの方のページに書いてある答えが自分のだしたものとまるで違い、改めて読み直してみたり解き直してみたりすると理解できるのだという。俺にはそれが理解できなかった。

 「ここなんだけど」と声をかけると、水月は快く応じてくれた。彼は俺の示したところを読みあげると、「これはあれだよ」と軽やかにいった。

 「このお客さんがどう感じたかってことでしょ? 『おお、こりゃなんて代物だ!』ってたぶんいってるけど、この商人(あきんど)、どういう焼物を作るんだって?」

 「いいやつ。なんかみんなが、ちやほやしてる」

 「そのいいものを手にとっての『なんて代物だ!』っていうと……」

 「ああ、褒めてるのか。感動してるとか」

 「なにがなんでも否定してえマンじゃない限りね」と笑って、水月は参考書を差しだした。

 ほんのたまに、俺が水月に教えることもあった。「一秒に二センチしか動けないなら止まってればいいのに」という水月に「それが点Pの宿命なんだよ」と説いた。

 「ひとまず長方形も秒速二センチも忘れて、よく想像してみろ。その一辺が四センチの正方形のスタジオを、秒速一センチでプロデューサー(、、、、、、、)が走り回ってるんだよ」

 「これプロデューサーだったのか。そうか、忙しいんだね……」

 「もう大忙しよ。それで、辺ABを走るわけだ。もう堪忍袋の緒と一緒に血管まで切れそうなくらいの怒りを抱えて。なんか問題が起きたんだろうな」

 「それは誰も幸せにならないな……」

 「で、その途中のプロデューサーと辺ADとで作りあげる傑作、三角形」

 「人気でるかなあ……」

 「なかなか個性的な作品だからな、好みはわかれるだろうな」

 「俺には刺さらなそうだ」

 「しかしそのあとすぐにまた問題が発生するわけだよ。今度はプロデューサー、辺BCを猛ダッシュ」

 「やってらんないな……」