夜には大体目が醒める。時間をかけてようやくついた眠りから醒める。

 目が醒めれば、大体心臓は狂ったように暴れている。ひどい悪夢を見るせいだ。

 安らかな眠りを邪魔する悪夢は、頭の中に、胸の奥に絡みついて、醒めてからも晴れることはない。

 まぶたを開いていれば、真っ暗な部屋に、真っ暗な天井に、まばゆいばかりの幻が浮かぶ。まぶたを閉じれば、頭の中にこびりついた無邪気さが、そばにはありもしないのに見える。

 うんざりするまぶしい幻に、悪魔め、と内心で悪態をつく。

 誰か、思いきり笑い飛ばしちゃくれないだろうか。「そんな人はいないよ、お前が勝手に夢の中で見てるだけの女の子だ」と。

「確かにあいつはいるんだ」といっても、俺の言葉なんか聞かないで、「わかったわかった」とでも受け流しちゃくれないだろうか。

 水月(すいげつ)に話したら、笑ってくれるだろうか。いや、水月は笑ったとしても「思う存分、悩めばいいよ」とでもいうかもしれない。

 「それが」——人生の、生きることの、なんて大げさな言葉を挟んで——「醍醐味だよ」と。

 冗談じゃない。この苦痛を楽しめるほど、俺は大人じゃない。

 ごろりと仰向けになる。この衝動が許されるようなぶっ飛んだ世の中だったら、俺は朝になって学校にいったら、あの顔を思いきり殴る。「お前のせいで毎夜毎夜、安眠できない」とあんまりに勝手なことを怒鳴って。

 しかし、どうしようもなく気に入らない女だ。人生や命なんていうのは一回きりで使い捨てだからこうも重苦しいというのに、あの女は俺の貴重なそれを無駄づかいさせる。一日という限られた時間のほとんどを、何度も何度も奪っていく。

 艶のあるやわらかそうな黒髪が、どことなく大人っぽいような、けれども無邪気な色をしたあの目が、小さくて、特徴はないけれども醜くはない鼻が、元気に喋り散らす、ももやさくらの花のように淡く色づいた唇が、大嫌いだ。

 黙っていれば目にもつかないような低いところで顔をのっけた首が、大人しくしていれば目につかないで済むのにちょこまかと動き回るあの小さな体が、スカートの裾と靴下の間に覗くあの白くやわらかそうな肌が、どうしようもなく気に入らない。

 ワンポイントは認められているものの白と決められている運動靴に、鮮やかな赤の靴紐を結ぶような目立ちたがり屋ぶりが、友達と一緒に話すときのよく通る透明感のある声が、こちらは拒んでいるのにずかずかと胸の奥まで入ってきて、腹立たしい。

 朝から夕方までそうして邪魔したかと思えば、家で予習や復習をする間でさえ、ぼうっと風呂に浸かっているときでさえ、眠ろうと布団に入ってからでさえ、大嫌いな顔が、気に入らない姿が、腹立たしい声や性格が、邪魔をする。