初恋の終わった瞬間だった。眠らせていた思いが目を醒まし、飛び起きた途端に枯れた。

 強い魅力を感じ、惹かれたことは何度もある。爽やかな、愛らしい、またあるいは、妖艶と形容したいほどの妖しく美しい植物に、水月の水彩に、俺は恋していた。

 けれども、他人に対してそんな思いを抱いたのは初めてだった。

 ばか女が、あんまりにかわいい顔をした。一瞬は激しく乱された感情も、ばか女の表情の先を見た途端に凪いだ。喜びはなかったものの悲しみも感じなかった。何年も前に摘みとった葉が、手の中で朽ちていくのをただ静かに感じた。

 先ほどから、水月の指先がなにかいいたげに、ほんのかすかに動いている。相手がしゃべりだすより先にこちらが焦れて「なんだよ」と促す。

 「あの子が葉月の天女だったんだ?」と水月はちょっと楽しそうにいった。

 「天女じゃない、魔女だ」

 俺の内側を一日のうちに何度となく掻き乱す、邪悪な魔女だ。

 「魅力的な魔女だね」

 「おまえは女を見る目がない」

 「二卵性といえど双子だからね」

 「俺は時本のことは好きじゃない」あまりに冷静に、あの女の名前が声になった。今あの女を好きでないのは紛れもない事実だ。

 「ふうん」と水月は愉快そうな声を鼻に響かせた。

 からん、ころん、と隣で下駄がアスファルトと歌う。

 「認めたね」と水月は静かにいった。

 俺はうなずくつもりで笑った。

 「忌まわしく悩ましく狂おしい、なんとも愛おしい日々だったよ」

 「やっぱり空は、空に住む人が、青や橙や、それぞれの色に塗ってるんだね」

 俺の想像は正しかったんだな、という意味だ。つまるところ水月は、おまえはやはり彼女に恋をしていたんだな、といいたいわけだ。俺の手の中で枯死した哀れな若葉を指摘している。

俺はその水月を否定するつもりも、手の中の若い枯れ葉を隠すつもりもない。

 「安心しろ、あれは恐ろしいほどのばかだけども、男を見る目はある」

 「それは心配だな」

 「いいや、安心していい」

 「根拠は?」

 「おまえもずいぶん性格が悪いのな」

 俺はあのばか女を、時本はなを好きだった。水月に指摘されてそれを認めた上で、あの女には異性を見る目があるといっているのだ。それ以上、水月が安心していい根拠などないだろうに。

 水月は「俺は性格もそれなりに悪いけど」と言葉を区切り、「それ以上に頭が悪いんだよ」と、俺が引いていない方の手で自分のこめかみを二度つついた。どこかで見たことのある動きだ。

 「ずいぶん引きずるな」と俺は苦笑する。「粘着質な男はもてないぞ」

 「だから心配なんだよ、あの人には見る目があるんでしょう?」

 「ああ、あるよ」

 あの女には、本物(、、)を見抜く目がある。どうしようもないばかだけれども、それを選べる。人として生きていく最低限の能力がある。

 「だからおまえは、安心していい」

 俺は小恥ずかしさを飲みこんで、「大丈夫だから」とつづけた。