その内気さに振り回され、高まる会いたいにぞくぞくした。
会いたい、会えない。
会いたい、会えない。
いいや、会ってやる。
ふと、こんなものかと思ってのせてみた色に、体の奥から興奮が湧きあがってきた。
でた、でた……!
でた、これだ——!
できることなら絶叫したい。
深く吸いこんだ息をゆっくりと吐きだしながら、心の中で絶叫し、暴れ回る。
夢かもしれないと疑ってしまうほどの喜びの中に、からん、ころんと音がした。
あたたかい音がした。どこか懐かしい、音がした。
気分を落ち着けてそちらを見てみると、勝手に息が止まった。落ち着かせたはずの鼓動がまた激しくなる。
狂おしいほどの美しさが、そこにあった。
濃紺の着物、くすんだ緑の帯、白っぽい羽織。
髪は新月の夜を思わせる艶のある深い黒で、頬は、あるいはその人自身が満ちた月であるように白い。その月に、うさぎもかにも、読み物をする女性もいない。
その満月はどこまでもなめらかで、清らかで、ただその美しさを引きだすように、まつ毛の長い目と、すらりとした鼻、色水を滲ませた白い花びらのような唇が、激しい主張をしないままでそこにある。あくまで、その夜の美しさを引き立てるように。
その男性——年齢はわたしと同じくらいに見える——はいつの間にかすぐそばにいて、「なにをしているんだい?」と、優しい、深みのあるあたたかい声で、穏やかにいった。
「あ、えっと……絵を、描いてるの。油絵」
彼はわたしのすぐ隣に腰をおろすと、「風景か」と静かにいった。
「静かすぎずうるさくもなく、心地いい寂しさのあるところだね」
わたしはとても嬉しい気持ちになった。
「そうなんだよ。なんとなく、向こうの町に置いていかれてるみたいな、ちょっと寂しいの。でも嫌な感じじゃなくて……。この気持ちをそのまま描けたらいいなって思ったの」
一人で興奮しながら、ふと、彼の目がとても細いことに気がついた。まるでまぶたを閉じているかのように、細い。
もう少しぱっちりしていたらどんなに綺麗だろうと思ったとき、ふと気になって見れば、あのばか男の姿があった。
わたしは逃げるように、隣の彼に視線を移した。
「彼は知り合い?」
「ああ、弟だよ」と彼はなんでもないように答えた。
「いくつ離れてるの?」といい終わるより先に、花車——葉月——が「双子だ」と答えた。「二卵性のね」と隣の彼がつづく。
「俺はスイゲツ」と彼がいった。その名前には聞き憶えがあった。
「水の月って書いて、水月?」
「そう。だいたいミヅキっていう女性だと思われるけど、気に入ってるんだ」
「花車水月……」
ふと、葉月が「ひと回りしてくる」と水月くんに伝えた。「ああ、気をつけて」と水月くんが答える。
会いたい、会えない。
会いたい、会えない。
いいや、会ってやる。
ふと、こんなものかと思ってのせてみた色に、体の奥から興奮が湧きあがってきた。
でた、でた……!
でた、これだ——!
できることなら絶叫したい。
深く吸いこんだ息をゆっくりと吐きだしながら、心の中で絶叫し、暴れ回る。
夢かもしれないと疑ってしまうほどの喜びの中に、からん、ころんと音がした。
あたたかい音がした。どこか懐かしい、音がした。
気分を落ち着けてそちらを見てみると、勝手に息が止まった。落ち着かせたはずの鼓動がまた激しくなる。
狂おしいほどの美しさが、そこにあった。
濃紺の着物、くすんだ緑の帯、白っぽい羽織。
髪は新月の夜を思わせる艶のある深い黒で、頬は、あるいはその人自身が満ちた月であるように白い。その月に、うさぎもかにも、読み物をする女性もいない。
その満月はどこまでもなめらかで、清らかで、ただその美しさを引きだすように、まつ毛の長い目と、すらりとした鼻、色水を滲ませた白い花びらのような唇が、激しい主張をしないままでそこにある。あくまで、その夜の美しさを引き立てるように。
その男性——年齢はわたしと同じくらいに見える——はいつの間にかすぐそばにいて、「なにをしているんだい?」と、優しい、深みのあるあたたかい声で、穏やかにいった。
「あ、えっと……絵を、描いてるの。油絵」
彼はわたしのすぐ隣に腰をおろすと、「風景か」と静かにいった。
「静かすぎずうるさくもなく、心地いい寂しさのあるところだね」
わたしはとても嬉しい気持ちになった。
「そうなんだよ。なんとなく、向こうの町に置いていかれてるみたいな、ちょっと寂しいの。でも嫌な感じじゃなくて……。この気持ちをそのまま描けたらいいなって思ったの」
一人で興奮しながら、ふと、彼の目がとても細いことに気がついた。まるでまぶたを閉じているかのように、細い。
もう少しぱっちりしていたらどんなに綺麗だろうと思ったとき、ふと気になって見れば、あのばか男の姿があった。
わたしは逃げるように、隣の彼に視線を移した。
「彼は知り合い?」
「ああ、弟だよ」と彼はなんでもないように答えた。
「いくつ離れてるの?」といい終わるより先に、花車——葉月——が「双子だ」と答えた。「二卵性のね」と隣の彼がつづく。
「俺はスイゲツ」と彼がいった。その名前には聞き憶えがあった。
「水の月って書いて、水月?」
「そう。だいたいミヅキっていう女性だと思われるけど、気に入ってるんだ」
「花車水月……」
ふと、葉月が「ひと回りしてくる」と水月くんに伝えた。「ああ、気をつけて」と水月くんが答える。