わたしは土手の真ん中辺りに荷物をおろし、準備を整えて小さな椅子に腰をおろした。

 遠くに車が走っていたり、小さく見える歩道橋に人の姿が見えたり、動きのある町にとり残されたような、安らかな寂しさが心地いい。これをそのまま、カンヴァスに切りとれたなら、どんなに素敵だろう。

 たった一本の河川を隔てただけで、世界はこんなにも変わる。あちらでは絶えず人がものが動いており、こちらではほとんどなにも動かない。

時折、後ろの民家がちょこちょこと建つ中にあるグラウンドから、木製バットがボールを跳ね返す軽快な音がするけれど、人の声はそれほど聞こえてこない。

テレビの中のような白熱した雰囲気はない。

どれくらいの年齢の人がそのグラウンドにいるのかわからないけれど、実際のこぢんまりした練習ではこういうものなのかもしれない。あるいは、ちょこちょこといっても民家が近くにあるものだから、気を遣っているのかもしれない。

 本当のことなんていうのは、やっぱり想像では追いつけない。

ただ、わたしのいるここは静かで、遠い正面に見える町はよく動いていて、

わたしが今、その町にとり残されたような、ちょっと寂しいけれどどこか安らかな心地でいて、この心地を目の前のカンヴァスにじょうずに描き写したいと思っていることが、胸を張って本当のことといえること。

誰かには、わたしよりもいろんな音が聞こえて、別に町にとり残されたなんて感じることはないかもしれないけれど、わたしにはグラウンドから気まぐれに響く軽快な音くらいしか聞こえないで、遠くに見える絶えず動く町にとり残された心地がする。

 わたしは絵描き用のエプロンのポケットからヘアゴムをとりだし、髪の毛を適当に結いあげた。

 理想の色——。
 会いにいってやろうじゃないの。

 この先に待っているのは、白馬の王子さまかしら。

 美しく悲しい鳥籠から救いだしてくれる幼なじみ?

いや、わたしは綺麗なところに閉じこめられたカナリアじゃなくて、自由気ままに空を舞い踊る野鳥だ。(とび)ほど立派じゃなく、鳩のように平和を象徴するのでもない、多くの人が名前も知らない野鳥。特別に美しいわけでもなければ、害も益ももたらさない、誰に知られることもなく自由に空を舞う鳥。

 わたしは深く息を吐きだした。

 王子でも幼なじみでも、ミステリアスな魅力のある放蕩者でも、この先に待っているのなら会いにいってやる。笑ってしまうほど内気なその美しさを、このカンヴァスまで引っ張りだしてやる。