しおれた顔をする弟に「大丈夫だよ」と笑いかけた夜は、どうにも寝つきが悪かった。「一緒に寝る?」と誘って「やだ」と跳ね返ってきたことに、こっそりほっとした。

これではまるで、隣のクラスのわからず屋どもにびびっているみたいで格好が悪い。実際にはまったくそんなことはないのだから、そんな誤解をされてしまえば小恥ずかしい。

 暗い部屋の布団の上で、右向きに寝転んで、俺はそっと手を握った。丸めた指先に少しずつ力が入っていった。

 目を閉じなくても部屋の暗さはそれと変わらなくて、唇に笛を当てた葉月の泣き顔が蘇ってきた。笛の音とともに、「みんな、大嫌い」と、「俺じゃないのに……」と、涙声が聞こえてくる。

 なにも知らないで突然、家で葉月の様子がああだったのであれば、ただもっと早くなにかに気づくんだと誓うだけでいい。

けれど帰りに通学班の列に並んだとき、なんとなく元気がないように感じたことを思い出してしまえば、それだけでは済まなかった。

 クラスに、「俺は兄ちゃんだから」が口癖の友達がいた。彼は妹と三歳離れているといっていたけれど、ことあるごとに発されるその言葉は、聞くたび俺の頭に葉月の姿を鮮明に浮かべた。

 彼はあるとき、「俺はあいつの機嫌はすぐにわかる」といった。「機嫌がいいときにする仕草、機嫌が悪いときにする仕草っていうのがあるんだよ」と。

「そんなこともわかるんだ」と驚いた別の友達に、彼は「うん」と誇らしげに頷いた。「俺は兄ちゃんだから」と。

 暗闇の中で、使命感が後ろから抱きしめてきた。その腕はとても太く、かたく、なにより重かった。

 『お前は二度と、あの子を一人にしてはいけない』と使命感がささやく。

 俺は二度と、葉月を一人にしない——。

 『お前は二度とあの子を一人にしてはいけない』

 わかってる。俺は二度と、葉月を一人にしない。

 『どうして?』

 お兄ちゃんだから。

 『もう一度』

 お兄ちゃんだから。

 『もう一度』

 お兄ちゃんだから。

 『もっと』

 お兄ちゃんだから!

 ——俺は二度と、葉月を悲しませない。