かっこいい音を、すごい音をと、試行錯誤している頃が一番楽しかった。目的の音ではなくても、いいなと思える音があったり、こうしてしまうとこうなってしまうんだということがあったり、とにかく発見があった。

 好き勝手に鳴らせるようになってしまえば、音は正直になってしまった。音が、鳴らす人自身になってしまったかのようだった。

 学校から帰り、ランドセルから引きだした宿題を済ませて一階へおりると、物悲しくも激しい音が聞こえた。楽譜のない、誰も知らない音の連なり。一秒先の音を、誰一人として知らない。

 何気なくそんな音で吹いているのだろうと思った。俺はおりてきたばかりの階段を駆けあがり、部屋から皷を持ってきて、葉月のいる和室に入ろうとした。

 反射的に息を吸ったまま、呼吸の仕方がわからなくなった。庭の方を向いて立ち、笛を吹く葉月がいた。いつもなら、吸った息はその弟の名前を呼んで吐きだす。けれど、そのときはそれができなかった。

 葉月が泣いていた。

 目の奥に激情を宿して、弟は泣いていた。

 学校へいったままの洋装で、笛を唇に当て、葉月は泣いていた。

 洋装で笛を吹く葉月の姿を、そのとき初めて見た。

 小四の初夏、庭では花水木の梢が淡く色づいていた。


 その日の夜、俺は葉月を「一緒にお風呂入らない?」と誘った。

 「おえー、四年生にもなってなんだよ」と顔をしかめる葉月を「今日は一人で入るとお化けがでる気がする」の一点張りで負かし、なんとか一緒に風呂に入るところまで漕ぎ着けた。

 俺のあとに体の泡を流した葉月が、シャワーを止めて湯船に入ってきた。俺一人でいっぱいだった湯がひたひたとあふれた。

 しんとした浴室に、「一緒に入るの久々だね」といった俺の声が響いた。これより一度前にこうしたときは、俺たちは昼間、園児服を着ていた。

 「お化けなんかでない」と口を尖らせる葉月に、俺は「葉月がいてくれるからだよ」と返した。

 葉月は俺から顔を背けるように、湯船の縁に腕を置き、その上に顎をのせた。

 「葉月」と呼んでみても返事はない。

 「今日、学校でなにかあった?」

 葉月の頭がちょっと動いた。否定でも肯定でもない、眠ってはいないけれど、寝返りのようなものだった。

 「葉月」ともう一度名前を呼ぶと、「なにもない」と小さな声が返ってきた。

 「そんなことないでしょう? いってごらん」

 しばらく待ってみても、シャワーヘッドがこぼす水玉がタイルの上に弾ける音が何度かしたくらいで、ほかはなにも聞こえなかった。外からは、近所の犬の声が聞こえたりもしたか、わからないけれど。