お店に入ると、わたしは八百五十円のために、食券機に何枚も何枚も硬貨を入れた。五百円玉はあったけれど、五十円玉がなくて十円玉を五枚入れることになった。五枚の十円玉は、前回この食券機がじゃらじゃらとだしてきたおつりだ。

 食券を手に、てらちゃんは「なににしたの?といった。

 「大盛り」と答えると、「あたしも」とかわいらしく笑う。小柄なのによく食べるんだなと内心で驚いていると、「今日はいいんでやんす」とてらちゃんはいった。

 カウンターに着くと、「あっ」と二つの声が重なった。カウンターの向こうには千葉さん、わたしのすぐ後ろにはてらちゃんがいる。声を重ねた二人を見てみると、同じように驚いた顔をしている。

 「あーちゃんじゃん」「ねこちゃんじゃん」と二人はまた声を重ねた。

 あーちゃんもねこちゃんも気になるけれど、まずは——。

 「お預かりします」と千葉さんが軌道を修正してくれた。

 わたしとてらちゃんは食券を渡し、呼びだしの機械を受けとって席へ向かった。

 いつもとは違う、四人がけの席に着いた。

 わたしは炭酸水を一口飲んだ。てらちゃんも、麦茶をがばがばと口に注いで頬をふくらませた。

 「てらちゃん、千葉さんと知り合いなの?」

 「いとこでやんすよ」と、てらちゃんは頬を小さくして答えた。

 大声をだしそうになるのをこらえて、「いとこ」と復唱する。

 「あたしのお父さんが、あーちゃんのお母さんの弟なの」

 「あーちゃん」

 ああ千葉さん、女の子みたいな名前だっていってたっけ、とようやく思い出す。

 「てらちゃんはなんで、ねこちゃんって呼ばれてるの?」

 てらちゃんはペットボトルを両手に持ち、傾けて真っ直ぐにしてとやって、底でテーブルをとんとんと叩いた。

 「みやこ、だからでやんすよ。みやちゃんとか、みゃーちゃんとかって呼ばれてたんでやんすけど、ねこちゃんになったでやんす」

 お人形さんのような綺麗でかわいい顔立ちのこの友達は、寺町みやこ、という。

 「かわいいね、ねこちゃんって。ちなみに、千葉さんはなんて名前なの? 訊いてみたけど教えてもらえなかった」

 てらちゃんはいたずらっ子みたいに笑った。

 身を乗りだし、「あーちゃんは自分の名前が大嫌いなんでやんすよ」と声をひそめる。

 「だから教えちゃう」と無邪気に——ある意味では残酷に——笑いながら椅子におしりをつける。

 「あゆみ、っていうんでやんすよ。漢字は、歩くに実る。ちばあゆみ(、、、、、)

 千葉歩実——。

 想像してみると、確かに女の人だと思ってしまうかもしれない。

 「あーちゃんにはあたしたちと同じ学年の弟がいるんだけどね、そっちもまたかわいい名前なんでやんすよ」

 「そうなの?」

 てらちゃんがこそっと教えてくれたとき、テーブルの上で呼びだしの機械が叫びながら震えた。

 千葉さんの弟の名前は、歩実さんと同じか、もしかしたらもっと女の人だと思ってしまいそうだった。