観戦のあと、体育館をでると、てらちゃんは深く息をついた。

 「なんで勝っちゃうかなあ……花車くん……」

 花車はあれから、すごい勢いで追いあげた。田崎さんが笑いながらなにかいっていたけれど、その言葉がぱちんとスイッチを押したかのようだった。

 点をとってとって、とられて、とってとってとって……といった調子で、最終的には、花車が田崎さんを追い越し、最後まで逃げ切る形になった。

 「でもこれで、心は決まったでしょう?」

 「でも怖いものは怖いよ……」

 「大丈夫だよ、てらちゃんはかわいいから。それに、名前を聞き間違えるようなこともしないだろうし」

 「そういう問題じゃないよ……」

 ちょっと考えてみると、ふと思い出されたことがあった。

 「そうだ。花車って、植物が好きみたいだよ」

 花車葉月。愛すは植物、憎むは無礼者。

 一人を見つめて無礼者を憎んでいると宣言することは非礼に当たらないのだろうか。

それはその見つめた相手を無礼者といっているようなものだけれども、罪のない無垢な少女を無礼者と決めつけることは、非礼には当たらないのだろうか。

 「あたし植物詳しくないよ……」

 「教えてもらえばいいじゃん。そのうちに仲よくなれそうじゃない?」

 「こんなのも知らないのかってうんざりされるだけだよ……」

 「引っ込み思案だなあ。大丈夫だって。そんなやつならこっちから願い下げだよ」

 「うーん……」

 さてどうしたものかと考えてみると、なにかに挑むときに食べるべき美味が頭に浮かんだ。

 「よし。かつ丼でも食べにいこうよ」

 「かつ丼……?」とてらちゃんの声は弱々しい。

 「引っ込み思案に勝つ!ってことでさ」

 わたしが拳を引き寄せると、てらちゃんはちょっと笑った。

 「そうだね。食べないと元気でないもんね」

 「そうだよ。疲れたとき、悩ましいとき、おなかが空いたときは食べるに限るよ」

 「ときもっちらしいね」とてらちゃんは困ったように、けれどかわいらしく笑う。

 「でも、この辺りにかつ丼屋さんなんてあったっけ?」

 「かつ丼屋さんのことならお任せあれ」とわたしは自分の左胸を叩いた。

 「自宅から半径二十キロほどのところにあるお店に関してはすべて把握しているのだよ」

 「ええ、すごい……」

 「よし、いこう」とてらちゃんに声をかけて、わたしは千葉さんのいるお店へ向かって歩きだした。