千葉は帰り際、「また世界の誕生と一緒に会いにくるよ」と笑った。俺は「そのときには学校で会ってるかもしれない」といって友達を見送った。


 俺は一度、扇子で手のひらを叩いた。

 「しかし、葉月を奮い立たせてくれた麗しい天女には感謝しないといけないね」

 「ばか」と葉月は短く唸るようにいった。

 「あれは天女なんかじゃない、魔女だ」

 「魔女が魔法をかけたわけだ」

 葉月は顔をしかめる。

 「で、その魔女っていうのはかわいいの?」

 「かわいいもんか。ばかな化け物だよ」

 「そう女の子を悪くいうもんじゃない」

 「うちは男子校じゃないんだ、女子と接触するのは難しいことじゃない」

 「うちも男子校じゃないんだよ」と俺は苦笑する。「一個上の先輩は女子もいる」

 「にしても女子は貴重だ」

 「葉月は好きな人はいないわけ?」

 「焦ってんのか? 安心しろ、そんなのはいない」

 弟の顔色をうかがいつつ、「自尊心が高いのも大変だな」と仕掛けた。葉月の表情はわかりやすく曇った。

 「つまらないこだわりなら捨てるのがいい」俺のことなんて、放っておけばいい。

 「つまらないものにならこだわらない」お前のことなんて、はなから気にしていない。そういう意味だろうか。

 いや——。

 「知っての通り、俺は気位が高い。偽物にはこだわらない(、、、、、、、、、、)」葉月はわかりやすくいった。

 俺は自分たちの話を、葉月と卓球にすり替えることにした。

 「本物なんて、そんな冠は儚いよ。実際、お前は今日、田崎さんに勝った」

 「練習試合だ」

 「だからって手を抜くような人か? お前はそんな人は認めないだろうに」

 「本番じゃ、きっと潰しにくる」

 「その本番(、、)で、散っていった本物(、、)もきっとたくさんいるよ」もっとも、それは本物ではないけれど。

 いいながら、俺は話の焦点が自分たちに戻ってくるのを感じた。

 「条件が悪かったんだろう。本物は散ったりしない」

 「そうだろうね。本物は散らない。条件が悪くても(、、、、、、、)

 葉月は目の深いところに炎のような感情を覗かせ、それを隠すように大の字なりに寝転んだ。服の裾からちらと覗く腹がぐるぐると鳴く。

 「なにか作ろうか」

 「いや、いいよ」

 「安心したまえ。和食にはいささか自信がある」

 「カルボナーラがいい」

 「よし。何事も挑戦だ」

 俺が立ちあがると、葉月は勢いよく上体を起こした。「いい、いい」と慌てたように繰り返す。

 「怖がることはない。パスタソースならあったはずだよ」

 葉月がわかりやすく安心した顔をするので、俺は「何グラム?」と尋ねる。

 「二百」と返ってきた声に「了解」と答えて廊下へ向かう。