自由は確かに好きだ。自由がなければ、わたしは窮屈で死んでしまうと思う。

 けれど、わたしには自由と同じくらい好きなものがある。それは綺麗なものとかわいいもの。

 綺麗な絵画、風景、見ているだけでうっとりする、一途で深い愛の物語。ふわふわのぬいぐるみ、日常を彩る花たち、見ているだけできゅんきゅんする、純粋な恋の物語。

 自分で絵を描こうと思ったのは中学生の頃だった。一年生の夏休みのことだった。

初めてひとりで遠出をした。お父さんもお母さんも仕事で家にいない日で、けれどわたしはどうしても美術展にいきたかった。

 お母さんは心配そうだったけれど、お父さんは「もう中学生にもなってるんだし、大丈夫だろう」となにも気にしていないようだった。お母さんは「そういう問題じゃないでしょ」と語調を強めた。

 「何歳だから危険な目に遭わないなんて、そんなのは決まってないでしょう? 歩きだして間もない子供から中高生、おじいさんやおばあさんまでもが被害者になってる」

 わたしはふとそのとき、自分の爪が少し長いことに気がついた。素晴らしい先生方に知られてしまってはひどく心配させてしまうなと思った。

 「そんなことをいっていたら、きりがない」とお父さん。

 「あのね、避けられるものは避けたいっていってるのよ。今まで一度もひとりで遠出なんかさせてないのに、まあ大丈夫だろうっていかせたら娘が帰ってきませんだなんて、わたしはもう正気じゃいられない。

しかも美術展にいっただけよ。ああそうね、もう中学生だものね、でいかせて、気をつけてねって手を振ったのが最後で帰ってこない? はあ、そんなの、想像しただけで気が変になる」

 爪は爪切りでばちばち切るよりも丁寧にやすりで削った方がいいと聞いたことがあるけれど、そんなのはめんどくさいよなあ……。

 「友達の家にはよくいってる。近場だからって安全ってわけでもない」

 お母さんがため息をついた。わたしは自分の爪から顔をあげ「お金、ちょうだい」といってみた。お父さんは、驚いたのか感心したのか、それとも本当におもしろかったのか、声を出さずに肩を揺らして笑った。

 「よし、決まりだ」と自分の太ももをぱしんと叩いて、お父さんは立ちあがった。それから「その美術展ってのはどこでやるんだい?」とわたしに尋ねた。

 結局、わたしはお父さんのくれたお金で電車にのり、美術展の特設サイトに掲載された地図をもとに栄えた綺麗な町を歩いて、西洋の歴史と美術に浸る幸せな時間を過ごした。

会場へ向かって歩いているときに、薬局の隣に建物があるといわれても、この薬局さっきからいくつか見てるんだけどと寂しくつぶやきつつ迷いかけたのはいい思い出だ。