てらちゃんはわたしの机と向き合わせた自分の机の前に立つと、右手を挙げた。

 「勝ーち取ーったぞーっ」

 恐ろしいほど綺麗な顔から、よく通る声で叫んだ。

 見れば、てらちゃんの右手には数量限定のフルーツサンドが握られていて、わたしは思わず拍手した。

 「すごいすごい、すごいよ!」

 てらちゃんは深く息をついて手をおろし、席に着いた。「実に十八回目の挑戦で初勝利でやんす」

 「すごいすごい。結構早かったねえ」

 「わっち、こう見えても中三のときは学年で片手に入る駿足だったんでやんすよ」

 「ふうん」と聞き流してしまってから、「は?」と声が飛びだした。

 「学年で? え、男子も女子も混ぜて、学年の中で五位以内だったの?」

 「ちょっとすごいでしょ」とてらちゃんは自慢と照れの混ざったかわいらしい色で笑った。

 「ちょっとじゃないよ……。やっぱり部活は陸上部?」

 「もったいないでしょ」といって、てらちゃんは否定した。

 「でも運動部でやんすよ。水泳でやんす」

 「へええ」といいながらわたしは驚いた。「水泳部のある中学校なんてあるんだね」

 「ときもっちの学校はなかったの?」

 「なかったねえ。あったらわたしもやりたかったよ。小さい頃に習ってたし、泳ぐの好きだし」

 「それはもったいないねえ……。水泳界は貴重な才能を逃がしたよ。ああでも、ここにはあるんだしさ、高校からでもやればよかったのに。中学校だって水泳の授業はあったでしょう? 完全に忘れちゃったわけじゃないだろうに」

 「そうなんだけどねえ……。水泳部がなかった中学校のせいで、油絵に出逢っちゃってね」

 てらちゃんはフルーツサンドの包みを開けながら「ああそうか」と声をあげた。

 「ときもっち、絵描きさんなんだもんね」

 「そんな大層なもんじゃないけどね」とわたしは笑う。

 「美術部とか入ればよかったのに。部活の灼熱した空気もなかなか気持ちいいもんだよ」

 「美術部って灼熱してるかな」

 てらちゃんは身をのりだして、「意外と運動部より熱いかもしれない」と、なぜか小声でいった。

 フルーツサンドがひとつ残った包みを、てらちゃんはわたしの机に押しだした。「半分こしよう」と。

 わたしはあえて素直に受け取らずに、フルーツサンドからてらちゃんに視線をあげた。「ダイエット?」

 てらちゃんはくすりと苦笑する。

 「そんなのは、しようと思ってもできないものだよ。小さい頃に男の子も女の子もやる、手のひらからすごい力をだそうとするのと同じことだよ。どんなに頑張っても手から力はでない。ダイエットも同じ、どんなに頑張っても体重は落ちない」

 わたしは笑ってから、「いいの?」と確認する。

 「そのつもりで入学から毎日、校内猛ダッシュしたんだよ」といってくれたので、「ありがとう、ごめんね」といってフルーツサンドを受け取った。

 「で、体重が落ちないなんていったって、てらちゃんすごい細いじゃん」

 てらちゃんは「まっ」と目を見開いた。そういう表情をすると、もともと大きな目が落ちてしまわないかと心配になる。

 「なにをいうでやんすか」となぜか声をひそめる。「人の体っていうのは、ときに着痩せっていう特殊能力を発動させるんでやんすよ」と。

 「ときもっちだって細いじゃん」というてらちゃんに「嫌味?」と笑い返すと、「やり返したの」と返ってきた。すらりとした手に持ったフルーツサンドを、『はむっ』なんて擬音がつきそうな——いや、勝手につけたくなるような——調子で、かわいらしくかじった。