枕に顔を埋め、全身が焼けるように熱くなるのを感じながら、やっぱりだよと頭の中で冷静な声がする。増えた。どうにかして消し去りたい記憶が増えた。

 ばかだ。調子にのるのなら勝手にのればいい。なんだって相手に触れた。

 携帯電話で時間を確認する。二十二時三分。相手が眠っていようと知ったことではない。

 連絡先から稲葉の携帯電話を呼びだす。何度聞いても心地いいとは思えない呼びだし音をしばらく聞かせてから、稲葉は「なに、寝たいんだけど」と応じた。

 「ばか野郎め……明日付き合え」

 「天使寺町みやこへの告白大作せーん、てか」

 最悪だ。センスもタイミングも最悪だ。

 「おまえ泣かすぞ」

 「怖。なにをそんなきれてんの」

 「明日、駅前の卓球センターな」

 「何時よ」

 「十二時でいい」

 「早えよ。なに妥協してやるよくらいな調子でいってんの」

 「いいから付き合え。けちょんけちょんにしてやる」

 「恋煩いのサンドバッグですか。怖いねえ」

 「第一、おまえのせいだぞ」

 「なにがだよ。怖いよ、薬処方してもらえって」

 「おまえがくだらん冗談をいうから」

 「なんのことだよ」

 「寺町だ。本当に最悪だよ」

 「あれは冗談じゃない。なにおまえ、まだ俺が冗談いったとでも思ってんの? あんなにはっきり何回もいってんのに?」

 「うるさい……」

 それではまるで、本当に寺町が——。

 「あのさあ、俺は確かに、おまえを潰して田崎とやりたいと思ってるよ。で、その方法としておまえの弱みに漬けこむみたいなこともいったよ。でも、好きな人を気のない相手とどうにかさせようとか思わないから。やるとしても好きな人は選ばない」

 「おまえが寺町を好きなんて、どう信じればいい」

 稲葉は深くため息をついた。「おまえ、生きてて疲れるだろ。人を疑いすぎだ。それともなにか、俺がそんなに信用ならないか?」

 「……ならない」

 「ひどすぎだろ」と彼は苦笑する。

 「いいか、俺は本気で寺町が好きだ」

 「面食いだけど」

 「やかましい。見た目からだって本気で好きになるんだよ。でも、その寺町は俺には一切関心がない。俺がほしい寺町の関心は全部、おまえが持っていっちまうからだ。いいか、自分が好きな相手が自分に気があるかどうかなんてすぐにわかるんだよ、普通はな。おまえは違うようだけども」

 稲葉はしみじみと、「なあ、花車」と俺を呼んだ。

 「俺がなんでこんな恥をさらしてまでおまえを応援するかわかるか」

 わからない、なんて返す気力はなくなっている。

 「おまえが友達だからだよ。そして、おまえが寺町に興味を持ったからだ。おまえがしらーっとしてたら、どうにか寺町の気を引いた。少なくとも告白はした。でも友達のおまえが寺町に興味持っちゃったら、応援する以外にないだろ」

 俺は、と電波越しの声が震える。「俺は、だってさ……寺町もおまえも好きなんだから」

 「……じゃあ、なんで俺に話した。俺に黙って寺町の気を引けばよかった」

 稲葉が笑う気配があった。「寺町の恋を実らせたかった。自分の計らいで好きな人が楽しそうにしてくれたら、それ結構嬉しいじゃん」

 「……稲葉、」

 「明日。明日、十二時に現地集合な。あんまりださい面してたらぶちのめすからな」

 ちょっと時間をかけて「ああ」と答え、電話を切った。夜の静寂と残ったのは、これまでに感じたことのないほどの自己嫌悪だ。