いくつかの花瓶を飾った頃、寺町の腹が鳴いた。彼女は薄い腹に手をあてて頬を染める。

 「なんか食うか」といって腰をあげる。それを目で追っていた寺町はこちらを見あげることになる。その愛らしさに笑いそうになり、一瞬でいいから目を逸らしたくなる。

 「えっと……そば、うどん、そうめん、ひやむぎ、どれがいい?」

 「ええいいよ、悪いよ」

 「俺の分のついでだし」

 「そう……? 花車くんと同じでいいよ」

 「そうめん一択だけど大丈夫?」

 「うん」

 「薬味は梅干し、ねぎ、しそ、しょうががあるけど」

 「梅干しおいしそう」

 「おお気が合うな。うまいよ」

 寺町は小さく笑った。そして「嬉しい」なんていう。

 俺はそっと深呼吸する。

 「おまえ、……気づいたら周りに気持ち悪い顔した奴がいること多いだろ」

 「ん?……ええなに、え?」

 「必死に笑うまいとしてるような顔した奴、よく近くにいないか」

 「ええ怖い、いないよそんな人」

 「そうか……」

 まさか俺が異常なのか。寺町を見ていると、どうも笑いそうになることが多い。動物の気持ちよさそうな寝顔なんかを見ているときに刺激される表情筋が、彼女を見ていると同じように刺激されるのだ。


 そうめんと、刻んだ梅干しを入れたつけつゆと麦茶を盆にのせて戻った。寺町は先ほどの場所から動かず、綺麗に正座して縁側の方を見ていた。

 「なんかあった?」と声をかけると、ぴくりと体を揺らしてこちらを振り向いた。軽快に立ちあがってこちらへやってくる。

 「綺麗なお庭だなと思って。……ごめんね、お昼なんて」

 「いや、こちらこそ。外で済ませられた方が気楽だろうに」

 「ううん。花車くんが一緒ならどこでも楽しいよ」

 俺はちょっとした机が必要だろうかと考えながら、「あのさ」といってみる。

 「おまえ、……周りに勘違い野郎が群がってることはないか」

 「ええ怖い、なに、どういう意味?」

 「いや……」

 こういうことをいわれて舞いあがるのは俺だけなのか。いやまさか。誰だって気になる相手にこういわれたら、ちょっとは喜んだりするものではないのか。俺がおかしいのか。嘘だろう。

 「ちょっと机探してくる」

 「え、あ、いいよ。縁側っていうのかな、よかったらこっちで食べようよ」

 「俺はいいけど……まあ寺町、いろいろ豪快だもんな」

 「それは……」

 「褒めてる褒めてる」と笑い返す。

 「一緒にいて楽だなと思って」

 いってしまってからぎくりとした。ああ、また悩ましい夜のお供が増えた。

 「じゃあ、……いてくれる?」

 「は、……あ、そういうことは、……あまりいうもんじゃない」

 「そうなの?」

 俺はまた一度深呼吸した。

 「いいから、食おうぜ」

 まったく——。

 こいつは勘違い野郎の製造機かなにかなのだろうか。