正面に座った寺町は、恐る恐るといった調子で花を手にとり、鋏を構えた。そのひとつひとつの動作を済ませるたびに、叱られた子供のような様子で上目遣いにこちらを見る。俺はそのたびに「大丈夫だ」とうなずく。
「な、え、斜め?」
「うん」
「どっち斜め?」
「ん?」
「右斜めか左斜めか」
「見る向きによるから気にしなくていいよ」
寺町は「あ」と声を漏らして顔を赤くした。かわいい、と笑いそうになるのをこらえて、密かに深呼吸する。
「これ、な、斜め……」
「すぱっと。痛いから」
「えっな、そんなこという……?」
「大丈夫だって。水飲みやすくするのに斜めにしてあげるだけだから」
「真っ直ぐじゃいけませんの……?」
「斜めの方が飲みやすいらしいよ」
俺は自分の前に置いた植物と鋏を手にとり、適当に切った。寺町が「わっ」と声をあげる。
「そんな迷わないでいくの……?」
「まずは長めに残しておくといいかも。あとで調節できる」
「うん……」
寺町は開いた鋏の間に茎を入れ、大きな目でこちらを窺う。俺は「頑張れ」とうなずく。
寺町はさんざん迷った末にようやく切った。「あ、斜め!」と目を輝かして自分の切った断面を眺める。
「で、……これ、挿すの……?」
「うん。そんな神経質になることない、いくらでも動かせるから」
「ま、ず……ここ……」といって、彼女はおずおずと花瓶にいましがた切ったものを挿した。「あ、綺麗」と安心したように笑う。
「うん。いい、いい」
「もう、これでよくない……?」
「せっかくだからもうちょっと飾ってあげようよ。そんなにびびらなくて大丈夫だよ」
先程切ったのを挿して、次に適当な小輪の花を選び、先のものより短く切る。背の高いもののそばに低いものを入れておけば、それだけで不恰好には見えないものだ。
それから葉をつけた枝をまた適当に切り、ちょいと挿す。
「迷わないねえ……」
「挿してから迷えばいいんだ」
俺はちょっと、寺町の方へ花瓶を向けた。「どう、枝、こっちに傾けるかこっちに傾けるか」と挿した枝をいじる。
「こっち、かな……?」と、寺町は向かって右側に人差し指の先を向けた。俺はその通りにした。
「な、それっぽいでしょ」
「すごいねえ。え、本当にいい加減にやっちゃっていいの?」
「うん。好きなのを好きなように挿せばいい。高低差をつければそれだけでそれっぽくなる」
「信じるよ?」と寺町はいたずらっぽく笑う。「とり返しつかないことになっても知らないよ?」と。「そんなことにはならない」と笑い返すと、彼女は「知らないぞ」と声を弾ませる。
「やっちゃうよ、本当にやっちゃうよ?」
「いけいけ、思い切り」
寺町は花瓶とそのそばに置いてある植物とを観察した。「これ、今挿してあるのを“高”にした方がいいよね。で、なんかほかのやつで“低”を……」
「え、まじで?」といってみると、寺町は「ちょっと」といって手をおろした。ちょこんと正座している脚の上に両手を揃える。
「だめだって、そういうこといっちゃ。怖いから」
「大丈夫大丈夫、冗談だよ」
「冗談は通じる相手にしかいっちゃいけないんでやんすよ」と彼女はいった。「弱い人とか弱気な人には絶対にいっちゃだめでやんす」と。
俺はこの頃、寺町の“やんす”がどういったときに飛びだすのかを観察するのが趣味になっている。今のところ、怒っているときかふざけているときの二択だと思っている。
「な、え、斜め?」
「うん」
「どっち斜め?」
「ん?」
「右斜めか左斜めか」
「見る向きによるから気にしなくていいよ」
寺町は「あ」と声を漏らして顔を赤くした。かわいい、と笑いそうになるのをこらえて、密かに深呼吸する。
「これ、な、斜め……」
「すぱっと。痛いから」
「えっな、そんなこという……?」
「大丈夫だって。水飲みやすくするのに斜めにしてあげるだけだから」
「真っ直ぐじゃいけませんの……?」
「斜めの方が飲みやすいらしいよ」
俺は自分の前に置いた植物と鋏を手にとり、適当に切った。寺町が「わっ」と声をあげる。
「そんな迷わないでいくの……?」
「まずは長めに残しておくといいかも。あとで調節できる」
「うん……」
寺町は開いた鋏の間に茎を入れ、大きな目でこちらを窺う。俺は「頑張れ」とうなずく。
寺町はさんざん迷った末にようやく切った。「あ、斜め!」と目を輝かして自分の切った断面を眺める。
「で、……これ、挿すの……?」
「うん。そんな神経質になることない、いくらでも動かせるから」
「ま、ず……ここ……」といって、彼女はおずおずと花瓶にいましがた切ったものを挿した。「あ、綺麗」と安心したように笑う。
「うん。いい、いい」
「もう、これでよくない……?」
「せっかくだからもうちょっと飾ってあげようよ。そんなにびびらなくて大丈夫だよ」
先程切ったのを挿して、次に適当な小輪の花を選び、先のものより短く切る。背の高いもののそばに低いものを入れておけば、それだけで不恰好には見えないものだ。
それから葉をつけた枝をまた適当に切り、ちょいと挿す。
「迷わないねえ……」
「挿してから迷えばいいんだ」
俺はちょっと、寺町の方へ花瓶を向けた。「どう、枝、こっちに傾けるかこっちに傾けるか」と挿した枝をいじる。
「こっち、かな……?」と、寺町は向かって右側に人差し指の先を向けた。俺はその通りにした。
「な、それっぽいでしょ」
「すごいねえ。え、本当にいい加減にやっちゃっていいの?」
「うん。好きなのを好きなように挿せばいい。高低差をつければそれだけでそれっぽくなる」
「信じるよ?」と寺町はいたずらっぽく笑う。「とり返しつかないことになっても知らないよ?」と。「そんなことにはならない」と笑い返すと、彼女は「知らないぞ」と声を弾ませる。
「やっちゃうよ、本当にやっちゃうよ?」
「いけいけ、思い切り」
寺町は花瓶とそのそばに置いてある植物とを観察した。「これ、今挿してあるのを“高”にした方がいいよね。で、なんかほかのやつで“低”を……」
「え、まじで?」といってみると、寺町は「ちょっと」といって手をおろした。ちょこんと正座している脚の上に両手を揃える。
「だめだって、そういうこといっちゃ。怖いから」
「大丈夫大丈夫、冗談だよ」
「冗談は通じる相手にしかいっちゃいけないんでやんすよ」と彼女はいった。「弱い人とか弱気な人には絶対にいっちゃだめでやんす」と。
俺はこの頃、寺町の“やんす”がどういったときに飛びだすのかを観察するのが趣味になっている。今のところ、怒っているときかふざけているときの二択だと思っている。