今日ほど心身ともにエネルギーを使った一日は、これまでの日々を余すことなく振り返ることができたとしても、ないと思う。
有馬画廊の営業時間に合わせて、わたしたちのひどく力を消耗する一日は終わった。
「絵さえ置いていってくれりゃあ、おまえさんたちは最後までいる必要もなかったのに」とおいちゃんはいった。
今日は本当に疲れた。けれどもまだ、「どうよ、おいちゃん。想像を絶するしらけ具合だったでしょう」とどや顔を決めるだけの力は残っていた。「いいや、こんなものだろうと思ったさ」とおいちゃんはいったけれど、残念なことに、それがどちらの意味なのかを読みとるだけの力は残っていない。
「思ったより売れたなあ」と水月がいった。
先ほどのおいちゃんの言葉に同調する意味でも反発する意味でも、「わたしはこれくらいだと思ってたよ」と答える。
「でも、あれだけの数をまた描くのはちょっと骨が折れるね」
「一枚一か月くらいで描きあげるんだもんね」と水月もいう。
「なあに、こんなのはまだ序の口だよ、若人」
おいちゃんは得意げに腰に手をあてた。「二十枚三十枚と描けるようにしなくちゃならん」
「そんなに?」
「そこが一番つらい時期だろうな。それをのりきれば、あとはもう、ほんの何枚か描くだけで、一枚が高いから食っていける」
「本当?」
「オークションにでもかけられて、がっぽりだ。たった一枚や二枚の絵のために、何十何百という人がありたけの金を差しだすんだ」
おいちゃんはわたしを、優しい目で見おろした。
「それがおまえたちの未来だ」
嬉しそうに息を吸いこむ水月がなにかいってしまう前にと、わたしは「知ってる」といい返した。
けっ、とおいちゃんは笑う。「まったく、かわいくない子だよ、嬢ちゃんは」
「別においちゃんにかわいいと思われなくたって」
「ああそうですかい。近所に画材屋も画廊もなく、あっても安くしてくれるような店じゃない、そんでもおまえさんはでっかくなったと?」
「あ、あ……たり前でしょ? わたしは画家になるの。それは決まってるのよ。わたしはね、時さえ満ちれば咲けるはななの。土も肥料も水もお陽さまも要らない、わたしを咲かすのは時間なのよ」
「あーあ。なんてかわいい嬢ちゃんだろうねえ」
うるさい、なんて生意気な言葉を返すことも思いつかず、わたしは頭をさげた。
「ありがとう、おいちゃん」
「いい景色だな」とおいちゃんは静かに笑った。
「ありがとうございます」と隣で水月も同じようにした。
しんとしたここで、おいちゃんは「二度と」と静かにいった。
「……二度と、そんな姿見せるなよ」と、ほとんど聞こえないような声で。
有馬画廊の営業時間に合わせて、わたしたちのひどく力を消耗する一日は終わった。
「絵さえ置いていってくれりゃあ、おまえさんたちは最後までいる必要もなかったのに」とおいちゃんはいった。
今日は本当に疲れた。けれどもまだ、「どうよ、おいちゃん。想像を絶するしらけ具合だったでしょう」とどや顔を決めるだけの力は残っていた。「いいや、こんなものだろうと思ったさ」とおいちゃんはいったけれど、残念なことに、それがどちらの意味なのかを読みとるだけの力は残っていない。
「思ったより売れたなあ」と水月がいった。
先ほどのおいちゃんの言葉に同調する意味でも反発する意味でも、「わたしはこれくらいだと思ってたよ」と答える。
「でも、あれだけの数をまた描くのはちょっと骨が折れるね」
「一枚一か月くらいで描きあげるんだもんね」と水月もいう。
「なあに、こんなのはまだ序の口だよ、若人」
おいちゃんは得意げに腰に手をあてた。「二十枚三十枚と描けるようにしなくちゃならん」
「そんなに?」
「そこが一番つらい時期だろうな。それをのりきれば、あとはもう、ほんの何枚か描くだけで、一枚が高いから食っていける」
「本当?」
「オークションにでもかけられて、がっぽりだ。たった一枚や二枚の絵のために、何十何百という人がありたけの金を差しだすんだ」
おいちゃんはわたしを、優しい目で見おろした。
「それがおまえたちの未来だ」
嬉しそうに息を吸いこむ水月がなにかいってしまう前にと、わたしは「知ってる」といい返した。
けっ、とおいちゃんは笑う。「まったく、かわいくない子だよ、嬢ちゃんは」
「別においちゃんにかわいいと思われなくたって」
「ああそうですかい。近所に画材屋も画廊もなく、あっても安くしてくれるような店じゃない、そんでもおまえさんはでっかくなったと?」
「あ、あ……たり前でしょ? わたしは画家になるの。それは決まってるのよ。わたしはね、時さえ満ちれば咲けるはななの。土も肥料も水もお陽さまも要らない、わたしを咲かすのは時間なのよ」
「あーあ。なんてかわいい嬢ちゃんだろうねえ」
うるさい、なんて生意気な言葉を返すことも思いつかず、わたしは頭をさげた。
「ありがとう、おいちゃん」
「いい景色だな」とおいちゃんは静かに笑った。
「ありがとうございます」と隣で水月も同じようにした。
しんとしたここで、おいちゃんは「二度と」と静かにいった。
「……二度と、そんな姿見せるなよ」と、ほとんど聞こえないような声で。