歩きながら、ふと頭の中に、中学生の頃によく聴いていた曲が流れてきた。そのまま口ずさむと、ちょっとしてから水月ものっかってくれた。それをいいことに声を高くする。

 そうやって楽しく過ごしてしまうと、いくつの信号に足をとめたかも数えずに、有馬画廊へ辿り着いた。手元の携帯電話が「目的地は左側です、お疲れさまでした」という。

 その左側(、、)を見れば、それは細身なビルだった。看板を見れば、『2F有馬画廊』の表記がある。

 「こういう感じ……?」と水月がつぶやく。

 「都会ぶっちゃって」と吐き捨てると「ちょっと」と苦笑が返ってきた。

 「立派に街路樹も植えちゃってね。でもいいんじゃない、花水木だって、この街路樹」

 「本当?」と街路樹を振り返る水月に、「ほら、名札さげてる」と、ほとんど読めなくなった『ハナミズキ』と書かれたプレートを指さす。

 「幸先いいよ。ぱーっと暴れてやろうよ」

 「どうせなら咲いててほしかったな……」

 「まあ見てなって、わたしたちがでてきた頃には満開よ」

 「今年中に帰れないじゃん」

 「それともあれかしら、ハナミズキの季節は終わって、ハナミヅキの季節がくるってことかしら」

 「なんて?」

 「元気そうだね。今のうちにいくよ」

 「あの、あんまり指摘しないで。思いだしちゃうから」

 「ここで引き返すなんていわれても付き合わないよ」

 「引き返さないよ」とようやく負けず嫌いらしい声が発され、わたしも「当たり前でしょ」と返して、その細いビルの中に入った。

 それはずいぶん古いようで、全体的になんとなく暗い感じがした。外は朝から燃えているというのに、この建物の中はちょっと涼しい。

 「ひんやりしてるね」というと、「ハナコさんの仕業かな」と返ってきた。

 「トイレじゃないんだけど」

 なんとなくエレベーターを使うのはためらわれて、わたしは階段の方へ入った。水月もついてきた。しんとした空間にふたつの足音が響く。

 「静かだね」といってみると、「かすかに声が聞こえる方が怖い」と返ってきた。「ごもっとも」とわたしは苦笑する。

 「誰もいないのかな?」

 「いたところで、片方にしか見えなかったら俺は泣く」

 「家をでる前に涙はとっておいたことだしね」とわたしは笑い返した。

 「なんか怖いし、しりとりでもする?」

 「俺でもはなでもない声で返ってきたらどうするの」

 「冷や汗に滲んだ塩で除霊する」

 「無理だって」と冷静にいう水月に「そうよね」と笑い返す。