はなの絵を見ながら、体から力が抜けていくのを感じた。変な寒気がなくなった。

 それは無数にあった。ただ素朴にかつ丼を描いたもの、自分もどこかで見たことのあるような風景、よく知った公園の風景、はなにいわれるまま小物を持った手元、はなにいわれるまま揃えたり交差させたり組んだりした足元、知っているようで知らない不可思議な風景、穏やかなようでどこか不安を誘う、この世界のどこでも見られない風景、鉢植えにされた植物——すずらんだろうか——。

 「どれがいいかなあ……」

 「空想画は絶対に入れたほうがいい」

 「薄気味悪い絵を?」

 俺は小さく苦笑した。

 「好む人だっているよ」

 「そうかなあ」

 「なんならこの全部をだしてみてもいいと思うよ」

 「そりゃあそうしたいけど……あんまり広く借りるとお金もかかるかなって……」

 「なら、これを全部だして残ったスペースに、俺のをだそう」

 「ばかいうんじゃないよ」とはなは声をあげた。

 「メインは水月でしょう、わたしが目立ってどうするの」

 「俺がメインなの? はな、二人で(、、、)画展を開こうっていってたでしょう」

 彼女は静かに目を逸らした。「そうだけど……やっぱりわたしより、水月の方がすごいから」

 「買い被りだ。極端なことをいったのは悪い、やるなら半分づつがいいよ」

 否定しながら、まんざら不快なわけではない。ただ、どうにもくすぐったい。ずっと欲していた言葉は、こちらの激しい胸中にはあまりに優しくまったりとしており、いざこうして触れると、くすぐったくて、無邪気に喜ぶばかりではいられなくなる。

 「ところで、どこでどんな感じでやるのかっていうのは、もう決まってるの?」

 「ううん、連絡とかはまだ全然してないの。ちょっとどきどきするしね、やろうと思えばすぐにできると思うとどうしても延び延びになっちゃう」

 なんだか嬉しくなって笑ってしまうと、「やろうと思えばもう、すぐよ」とちょっと拗ねたように返ってきた。

 「いや、はなにもそういうところあるんだなと思ったら、なんかちょっと嬉しいんだよ」

 「こんなぐずぐずしてるなんて、わたしらしくない」

 「いいよ。俺のぐずぐずにちょっと付き合ってよ」

 はなは綺麗にかわいらしく笑った。「そういうことなら、ちょっとくらいなら悪くないかもね」といたずらっぽくいう。