はなの家に向かいながら、本当に背中にあざがあればいいと思った。どうせあざになるほどではないのだろうと思いつつ、あざになっているということにする。

 会ってみたはなは、ちょっと興奮しているように感じた。

 いつもの部屋に入ると、彼女は無数の絵を前に両手を腰にあてて立った。

 「さあ水月! なにをだしてやろうか!」

 「気合……入ってるね」

 「わたしたちの時代の幕開けなのだよ、さあ、ぱーっと飾ってやろうじゃないか!」

 俺はちょっと気圧されながら、少し空気を吸いこんだ。

 「失敗、したらとか……思わないの?」

 「思わないね」と彼女はきっぱりといった。

 「失敗って、やらなければよかったって思うことでしょう? わたしは後悔なんかしないよ。だから絶対に失敗なんかしない」

 「売れなかったらどうするのさ」とはっきりいった。

 はなは両手を腰にあてたまま、ゆっくりとこちらを向いた。その目が、僅かな狂気を孕んで妖しく輝いている。

 「水月は、売れない絵を描いてるの? 誰にも評価されないような絵を描いてるの?」

 「そんな、……つもりは……」

 「じゃあ自信持ちなよ」

 「ただ好きなものを描いただけだ」

 「それは悪いこと? 好きなものを描いたんじゃ、誰にも認められないの?」

 とうとう、足元へ視線を落とした。

 「わからない……少なくとも、前回は、」

 「今回は」とはなは声を重ねてきた。思わず顔をあげた先で、彼女は「前回じゃない」といってゆっくりと首を振った。

 「描くものも、描き方も、全部が前回とは違う。なにより、水月自身が一番違うでしょう」

 胸の奥が震える心地がした。「俺が……」

 「前回は、水月は絶望してなかった。わたしに会ってなかった。もう絵を描かないなんて、思ったことがなかった。でも今は? その全部を持ってる。水月は絶望したし、もう絵を描かないと思った。わたしに出逢った」

 その全部が、と彼女は、「その全部が無意味だなんて、そんな寂しいことはないでしょう?」と、悲しいほど綺麗に微笑んだ。

 「自信持ちなさい、水月。あまりぼさっとしてたら、わたし、偉そうぶるよ」

 なんといったのかわからず黙ってしまうと、はなはかわいらしく笑った。

 「偉ぶれるほど偉くないから、偉そうぶるの。だーいぶうざいと思うよ」

 自信持ちなさい、と改めていわれた。その声があんまりに優しくて、視界が滲みそうになる。俺は自分が思うよりずっと小心らしい。

 「ぎゅーする?」と優しくかわいらしく腕を広げるはなに、「やめておく」と笑い返す。そんなことをすれば、このぎりぎりの笑い顔はきっと溶けてしまう。