新たに何枚か、葉月の生けた花の絵を描いた。無邪気で複雑な花々だった。
初詣では会えなかったけれども、千葉のいとこというのはどんな人なのだろうか。半ば人間をやめているようなので思想とはどんなものか。人を人と思っていないような、とも葉月はいった。人を盤上の駒としか思わないような、冷静すぎる上司のような人なのだろうか。そういうことなら、確かにもう少し感情的な人の方が親しみやすいとは思うけれども、そのような考え方が口にもできないほどだろうか。
できあがった絵を時間を置いて見てみると、どうにも悩ましげな印象を受けた。ただでさえ複雑な印象を与えるような調子で生けられた花だったのに、さらになんともいえない感じになった。これが吉とでるか凶とでるか。ちょっと、はなにも見てもらうのがいいだろう。
夜という暗がりには魔物が棲んでいるのかもしれない。ひどく興奮し、不安にさせられる。目を閉じると落ち着かなくなり、目を開けば意識がどんどん覚醒する。
はなの存在はとても心強い。はなの強気さが自分のもののようにさえ思える。
けれども、こうして変に興奮し冷静な状態では、その心強さがすっかり心細さになる。彼女はあれほど立派なのに、手前はどうだろうと魔物がささやく。
彼女はどんどん『自分』を確固としたものにしているぞ。
彼女はどんどん、手前から遠い所へ進んでいっているぞ。
時間が経てば経つほど、手前は彼女に置いていかれるぞ。
こうして布団に入っている間にも彼女は成長しているぞ。
それが手前はどうだ、なにひとつ変わっていないだろう。
手前はどうだい、見ることを拒んだ頃から成長したかい?
いいやしていない。手前はなにも変わっちゃいないんだ。
彼女は確実に進んでいるのに、手前はそこから進めない。
彼女は手前じゃないし、手前も彼女にはなれやしないよ。
頭の芯にでも響くような、やまない邪悪なささやきに気が狂いそうになる。
そう感情的だから手前はだめなんだよと魔物がささやく。
どうしてそうも感情的なんだい、手前は。どうしてもっと冷静でいられない?
手前の考えは全部無駄なんだよ。考えても仕様のないことばかり考えている。
彼女はきっと、こんなくだらないことは考えていないよ。手前とは違うんだ。
耳を塞いでも、震えるほどの不快さを感じても、ささやきはやまない。魔物は氷のように冷たい腕で抱いて、肌の凍るような冷たい吐息を吹きかけ、単純な恐ろしい言葉をささやく。
手前は、彼女のようにはなれない——。
わかっている。俺は、はなとは違う。はなのようにはなれない。だから少しでも、彼女の隣に、そばにいるのにふさわしい人間になりたいのだ。彼女に、はなに、少しでも近づきたいのだ。わかっている、たとえどれだけ近くにいたとしても、はなのようにはなれない。俺は、うんざりするほど、俺でしかないのだ。
わかっているから、もう勘違いなどしないから、どうか——もう少しだけ静かな所で努力をさせてくれ。
もう少し、呼吸の楽な所で、震えないくらいには寒くない所で、彼女の姿を見させてくれ。
花水木は花を散らし、葉を落とす。わかっている。あとには自分の体しか残らない。それでもいいから、どうか、ほんの短い間でいいから、花を咲かすことを、許してほしい。
その間だけ、どうか、黙っていてくれ——。
初詣では会えなかったけれども、千葉のいとこというのはどんな人なのだろうか。半ば人間をやめているようなので思想とはどんなものか。人を人と思っていないような、とも葉月はいった。人を盤上の駒としか思わないような、冷静すぎる上司のような人なのだろうか。そういうことなら、確かにもう少し感情的な人の方が親しみやすいとは思うけれども、そのような考え方が口にもできないほどだろうか。
できあがった絵を時間を置いて見てみると、どうにも悩ましげな印象を受けた。ただでさえ複雑な印象を与えるような調子で生けられた花だったのに、さらになんともいえない感じになった。これが吉とでるか凶とでるか。ちょっと、はなにも見てもらうのがいいだろう。
夜という暗がりには魔物が棲んでいるのかもしれない。ひどく興奮し、不安にさせられる。目を閉じると落ち着かなくなり、目を開けば意識がどんどん覚醒する。
はなの存在はとても心強い。はなの強気さが自分のもののようにさえ思える。
けれども、こうして変に興奮し冷静な状態では、その心強さがすっかり心細さになる。彼女はあれほど立派なのに、手前はどうだろうと魔物がささやく。
彼女はどんどん『自分』を確固としたものにしているぞ。
彼女はどんどん、手前から遠い所へ進んでいっているぞ。
時間が経てば経つほど、手前は彼女に置いていかれるぞ。
こうして布団に入っている間にも彼女は成長しているぞ。
それが手前はどうだ、なにひとつ変わっていないだろう。
手前はどうだい、見ることを拒んだ頃から成長したかい?
いいやしていない。手前はなにも変わっちゃいないんだ。
彼女は確実に進んでいるのに、手前はそこから進めない。
彼女は手前じゃないし、手前も彼女にはなれやしないよ。
頭の芯にでも響くような、やまない邪悪なささやきに気が狂いそうになる。
そう感情的だから手前はだめなんだよと魔物がささやく。
どうしてそうも感情的なんだい、手前は。どうしてもっと冷静でいられない?
手前の考えは全部無駄なんだよ。考えても仕様のないことばかり考えている。
彼女はきっと、こんなくだらないことは考えていないよ。手前とは違うんだ。
耳を塞いでも、震えるほどの不快さを感じても、ささやきはやまない。魔物は氷のように冷たい腕で抱いて、肌の凍るような冷たい吐息を吹きかけ、単純な恐ろしい言葉をささやく。
手前は、彼女のようにはなれない——。
わかっている。俺は、はなとは違う。はなのようにはなれない。だから少しでも、彼女の隣に、そばにいるのにふさわしい人間になりたいのだ。彼女に、はなに、少しでも近づきたいのだ。わかっている、たとえどれだけ近くにいたとしても、はなのようにはなれない。俺は、うんざりするほど、俺でしかないのだ。
わかっているから、もう勘違いなどしないから、どうか——もう少しだけ静かな所で努力をさせてくれ。
もう少し、呼吸の楽な所で、震えないくらいには寒くない所で、彼女の姿を見させてくれ。
花水木は花を散らし、葉を落とす。わかっている。あとには自分の体しか残らない。それでもいいから、どうか、ほんの短い間でいいから、花を咲かすことを、許してほしい。
その間だけ、どうか、黙っていてくれ——。