かつ丼屋に着いてからというもの、寺町はこちらにまで伝染してきそうなまでに落ち着かない様子だ。俺には、と、ちょっとあてにならない枕詞がつくけれども、ここへくるまでの道中では落ち着いているように感じられた。終始明るく、賑やかに話していた。

 それが、食券を買って席に着いた途端にこうなってしまった。細っこい指先で唇を触ってみたり、こちらを見たかと思えばふっと目を逸らし、唇から手を離したかと思えばその手は次に首にあてられたり、せっかちなのか、店員のいるカウンターの方をきょろきょろと振り返ってみたりと、兎にも角にも落ち着かない。これがある程度親しい相手だったなら、誰かに狙われてんのかよとでもつっこむところだ。

 その寺町は今、俺が指摘しないのをいいことに、落ち着かない調子で席を立ち、持ってきた水を注いだコップに手を伸ばし、結局なにもしないでその手を引っこめた。またきょろきょろと首を動かし、次にはリップクリームでも塗ったみたいに唇を噛むようにする。それも、実際にクリームを塗ったのであってもそんなにやらないというほど繰り返す。

 ちょっと声をかけてみるかと思って息を吸いこむ。しかしその息は、こちらが声にするのを制止するように、あちらが吐きだした。

 俺は負けじともう一度息を吸った。

 「落ち着かないな」といってみると、寺町は細っこい体をぴくりと揺らした。

 「ごめん……」

 「俺がじゃなくて、おまえが。どんな組織を敵に回したんだよ」

 「……だって、……花車くんが前にいるから……」

 「ごめんって」と俺は苦笑する。しかし、ほかに誰がくるでもないのに、四人がけの席で斜めに座るのもどうなのだろうか。隣ではいやに親しげだし、斜めではなにか意識しているようだし、正面が適当だと思ったのだけれども、そうでもないのかもしれない。

 「違う」と寺町はいう。「花車くんは、……どこにいても落ち着かない……」

 「だめだって、そういう相手誘っちゃ。こうやってほいほいついてくるばかもいるんだから」

 「一緒にはいたいの。でも、落ち着かなくて……。なんか変じゃないかなとか、なんか話そうかなとか、でもなに話せばいいのかなとか。じっとしてるのも変かなとか、ずっと動いてても変だよなとか、……本当に、落ち着かないの……」

 「もうちょっとじっとしてた方が変じゃない」

 「だから落ち着かないんだってば……」

 「まぐろかよ。こっちが落ち着かないって」

 「花車くんだって、目の前に絶世の美女がいたら落ち着かないでしょ?」

 「俺は絶世の美女じゃない」

 寺町は顔を赤くしてうなだれた。「ばかあ……」と拗ねたような声がする。机に下ではばたばたと靴底が床を叩く音がする。