俺の小銭を飲みこんだ自動販売機が、ピッと軽快な音で、どれを買いますかと尋ねてくる。

 「どうせじゃ大きいのがいいよねえ……」

 寺町はしばらく悩んで見せ、六百ミリリットルの麦茶を買った。じゃらじゃらと釣り銭がでてくる。

 「いやあ、愉快愉快」という声にこめかみがぴくりと反応する。

 「花車くんは感情的だね? ちょっと煽ってみたら一気に弱くなった」

 「やかましい」

 「黙ってやってたら、そりゃ負けてただろうね」

 彼女はなにやら、自動販売機へじゃらじゃらと小銭を入れ始めた。

 「なんか買いなよ」

 「いや、俺は負けたんだ」

 「早くしないとでてきちゃうよ。それをそのままお財布に入れるんでも、わっちはかまわないでやんすけどね」

 俺は諦めて、寺町と同じ麦茶を買った。じゃらじゃらとでてきた釣り銭を返す。寺町もそれは大人しく受けとった。

 「このあとはどうする? あーちゃんのお店でもいく?」

 「あーちゃん……」

 「ちーちゃんのお兄ちゃん。こっちは下の名前だよ、想像にまかせるよ」

 「想像はしない」

 「花車くんはどこかいきたいところとかないの?」

 「ああ、別に」

 特に、大して親しくない女子といきたいところなんていうのはそうそうあるものではない。唯一の他人(、、)と感じていた頃に、水月と二人でどこかへとなったって、ぱっとあそこへいきたいと思う場所はなかったに違いない。

 「じゃあかつ丼奢るよ」と寺町はいった。

 「なぜ」

 「付き合ってくれたお礼」

 「いいよ、別に」

 「奢るとでもいわないと、花車くん、きてくれないでしょ」

 「そんなことはない」

 「じゃあ付き合って」

 「俺は断る理由がなければ断らない」

 「そう? まあ……」

 そうじゃなきゃ今一緒にいてくれてないだろうねといって、寺町はどこか悲しげに微笑んだ。つい先ほどまでなんともなかったのに。彼女はちょっと精神的に不安定なのかもしれない。