「夏休みにいた恋人は?」と稲葉がいった。寺町は「いとこね」と噛んで含めるようにいった。

 「一緒にきたよ。甘酒をもらってくるっていって、あっちにいっちゃったけど」

 「甘酒」と稲葉が反応する。「正月らしくていいねえ」

 「いたいた」と声がして、人混みの中から卓球センターで見かけた男がでてきた。黒いダウンのチャックの上から白いタートルネックが覗いている。彼は手ぶらだった。

 「甘酒は?」と寺町がいう。

 「友達に会っちゃってさ。喋りながら飲んでたらなくなった」

 そのいとこはずいと近づいてきて、俺の顔をまじまじと見た。

 「おまえさんが花車葉月?」

 「違うっていいたくなるいい方だね」

 相手は「ごめんごめん」といって笑みを浮かべ、距離をとった。

 「いや、きみの兄さんには世話になっててね。一回会ってみたかったんだよ。へええ、なかなかの色男じゃんか。でも水月とは似てないね。似てない方の双子なんだ?」

 「ああ……」

 「へええ。やっと会えたなあ」と彼は嬉しそうにいう。「夏休みぶりだね」

 「ああ……」

 「ビンゴだ」と彼はつぶやいて、直後にうめいた。今回は寺町が小突くのが見えた。

 「俺、チバ。千の葉っぱ、千葉県の千葉。水月から聞いたことない?」

 「どうだったかな」

 千葉が差しだしてきた右手を握ってみると、「いい年になりそうだ」といって楽しそうに上下に振られた。

 「あの、なんで……」

 「ん?」

 「なんで、俺に会いたかったの」

 「そりゃあだって、親友の大好きな弟さんじゃないか。どんな人なのか気になるよ」

 千葉はのんびりと、けれどもどこか意味深に微笑んだ。

 「卓球やってるんだよね、水月がいってた。強いの?」

 「こいつよりは」と答えて視線を向けた先で、稲葉が「俺ほどじゃないけど」と声を重ねてきた。

 「好敵手ってやつだ」と千葉は笑った。

 このまま沈黙に突入しても嫌だなと思って、俺は話題を探した。

 やっと見つけた言葉は、「千葉は部活やってないの?」なんてつまらないものだった。

 「俺はなにも。中学のときも、試合とかないからってだけで演劇部にいただけだし」

 「演劇部あったんだ?」と稲葉が食いついた。「でも演劇部って、舞台とかのコンクール見たいな、そういうので競ったり市内の?」

 「立派なところはそういうのもやるのかもしれないけど」と千葉はいった。「うちは全然」と肩をすくめる。「おあやや母親にお謝りなさいっていってただけ」

 「さすがに滑舌はいいねえ」と稲葉が笑い返す。「おあや……?」

 「おあやや母親にお謝りなさいって。あとは無駄に腹筋やらされたりして」

 「もうほとんど運動部だ?」

 「本当そんな感じ。とりあえず舞台みたいなのはやるわけだから、ばか重い大道具動かしたりもするし」

 「裏方だったんだ」と稲葉が噴きだす。

 「演技うまそうに見える?」

 「むしろ日常が演技っぽい」

 「褒めてないじゃん」と千葉は苦笑した。