俺は庭の植物を適当に切って腕に抱え、縁側から部屋に入った。ゴム草履を脱いだ素足を、畳が優しく迎える。

 この部屋で父に「どうして?」といったのは、もうずいぶん前のことだ。

 「どうしてせっかく咲こうとしてるのに、花を切っちゃうの?」

 父はよく、「そろそろ満開だな」といって庭の花を切った。それがどうしようもなく残酷な行為に思えて、ある日、たまらず尋ねたのだ。

花は満開のときが一番綺麗なはずなのに、その姿を見ないうちにどうして切ってしまうのかと、けれどもそのように言葉に直すことはできないで、ただ、どうして、と。

 「長生きしてもらうためだよ」と父はいった。当時の俺にはまるで理解ができなかった。長生きしてもらうもなにも、元気に咲き誇るより先に、父はその花を茎から切り取ってしまう。

 「どうして花を切っちゃうのが、長生きしてもらうことになるの?」

 植物がみずみずしく香る庭で、父はやわらかく微笑んだ。

 「花はね、咲いたあとには種を残して、枯れちゃうんだ。満開になるとすぐに種をつくるから、そうする前に花をなかったことにすれば、もう一度花を咲かせてくれるんだよ。

どうしても花が見たいからね、確かに種をつくろうとしてるのに邪魔をするのはかわいそうだけども、満開になる前に切ってしまうんだ」

 父は「かき(、、)を持ってきてくれるかな」といった。

 俺は倒れこむようにして縁側にあがり、部屋に入って、花を生けるための器——花器(かき)を、縁側に腰をおろした父に持っていった。当時はまだ、かき(、、)という音に花器という文字があてられることを知らなかった。

 「お父さんは、生けるために切ってるんじゃなかったの?」

 「捨てちゃうのはあんまりにもったいないからね。それで生けるんだ」

 父はそういいながら、ゆったりとした、けれども慣れた手つきで、花を器に生けた。

 ふと、父が「今日は先生なんだ」といって庭の植物を切っている姿を思い出された。

 「でも先生のお父さん(、、、、、、、)は、生けるために切ってる」

 「そうだね」

 「お父さんは、どうしてお花を生けることを教えるの?」

 父は少しも悩まないで答えた。「お花が綺麗だからだよ」

 父は花を咲かせた器をこちらに差しだした。色の濃い花の周りを飾るかわいらしい小ぶりな花が、父が花器を差しだしたことでふさふさと揺れる。

 「ほら、綺麗でしょう」