やりたくない、やるしかないで勉学に励んでいれば、十月も半ばに入っていた。残暑残暑と賑やかだったテレビの中も秋服や秋の味覚に染まってしまった。
ふと服屋さんを覗いてみれば、ただあたたかそうなニットやブーツが並んでいる。ちょっとファストフード店の広告を見てみれば、あたたかそうな甘味を推している。
こうも世の中の雰囲気が変わってしまうと、てらちゃんが数量限定のフルーツサンドを手に入れたこととか、てらちゃんと野いちごをつまみ食いしたことなんかが遠い昔のように感じる。
——水月の言葉が、からかいにしか感じなかったことも。
夏の濃さが褪せた秋の空のもと、わたしはちょっと頭を振った。
「ところで」といってみると、「ん?」と穏やかな声が返ってくる。
「癖と個性ってどう違うと思う?」
「ええ……難しいなあ……」
「本当、今のうちでしょう、こんなことできるのって」
「そうだよね……」水月は細い顎に細い指をあてた。しかし綺麗な顔をしている。
水月はしばらく黙りこんでから、「あっ」と声をこぼした。「魅力的かそうじゃないか、じゃない?」
「魅力……?」
「魅力のある癖は個性、ただの癖は、……うん、癖」
「魅力があるかどうかの違いは?」
「そりゃあもう、好みに合うか合わないかとしか……」
「真理だね」とわたしは苦笑した。
「どうした、弱気じゃない」
「絶対に逃したくないの、この機会を。三年になっちゃったら、もう本当にこんなことできないし」
「俺は学業を蹴ってでもやりたいけどね」
「どうした、強気じゃない」
「はなに影響されたのかな」
わたしはふざけて「それはいいことだわ」と笑い返した。
わたしは庭にでるときに持ってきていた二枚の絵を見比べた。空想画で、しばらく前に描いたものとつい最近描いたものだ。
「だいぶ上達したよね」と水月はいった。「プロの目だ」と笑うと、「からかってるんだ」と笑い返された。
「わたしの癖ってなんだろう」
「なんか、薄気味悪いところあるよね」と水月は苦笑した。
「なんですって?」とちょっと理不尽にも怒ったふりをして返すけれど、実際にはありがたい。この頃、水月はよく、こうしてはっきりと思ったことをいってくれるようになった。距離が縮んだ証かな、なんて、こういった一面に遭遇するたびに嬉しくなる。
「なんだろう、はなの空想画って、なんだろうな……ほんわかしたような感じなんだけど、どこか怖いんだよ。なんだろう、毒のある絵本——ちょっと怖い描写のある絵本とか児童書みたいな。それが悪癖か味かはわからない。このどこか釣り合いのとれてない感じに惹かれる人だってそりゃあいるだろうし」
「不気味……? 怖いかなあ……」
「はなの無自覚な狂気だ」と水月は笑う。
「水月自身はどう、こういうの、好き?」
「見てる分にはおもしろいけど、自分の家に飾りたいとは思わないかな。うちが和室ばかりだからかもしれないけど」
「怖い、か……。え、じゃあ、これを飾ったら合いそうな部屋ってどんな感じ? どんなものが置いてあったりしそう?」
「人形とか」
「夜中に動きだすような?」
「呪われてるじゃん」と彼は笑った。
「いや、普通の人形だよ。綺麗な顔した、ちょうどはなみたいな顔した人形たち」
「それは褒めてるの?」
「どうだろうね」となんでもないようにいう水月に「最悪だよ」と苦笑する。
「日本人形っていうよりは、なんていうんだっけ、球関節人形っていったっけ、ああいう感じの人形。ああいうのがいくつか並んだ、洋室に飾るといいかも」
「ああ、目の下がほんのり赤っぽい子たち」
「そうそう。すごい綺麗なの」
そっか、と納得しそうになったのを咄嗟に押しこむ。「ちょっと待って。わたしってあんな感じ?」
「かわいいじゃない」
「人形はかわいいけど、……あんな、消えそう?」
水月はわたしの頭に、ぽんと手をのせた。そしてゆっくりと、その手を右に左に滑らせる。胸の奥の方が、なんだか、ほわっと、浮くような感じがする。なんとなく眠たくなるような心地よさ。
「こうして触るのに、すごい勇気が要った」
「わかったから、……離して」
水月はいたずらっぽく微笑み、手を頭から頬の方に滑らせてきた。指先の触れるくすぐったさに顔を背ける。
「こんなにかわいいんだ、本当に目の前に存在する人かどうか、疑いたくもなる」
「嘘だ、大げさだよ」
「嘘じゃない。天使か妖精みたいだ」
「……恥ずかしくないの、いってて」
「嘘をついてこんなに信じてもらえなかったら恥ずかしいけどね」
「じゃあ恥ずかしがって」
「嘘じゃないから恥ずかしくない」
わたしは水月の手を払うようにして、「いいから」と気を取り直す。
「今は絵の話だよ」
水月はただどこまでも綺麗に微笑んだ。「そうだね」というと、深く息をついた。それから、「ああ、今日も満ち足りてる」となんてつぶやく。
わたしはそれに初めて、「そうだね」と同調してみた。
ふと服屋さんを覗いてみれば、ただあたたかそうなニットやブーツが並んでいる。ちょっとファストフード店の広告を見てみれば、あたたかそうな甘味を推している。
こうも世の中の雰囲気が変わってしまうと、てらちゃんが数量限定のフルーツサンドを手に入れたこととか、てらちゃんと野いちごをつまみ食いしたことなんかが遠い昔のように感じる。
——水月の言葉が、からかいにしか感じなかったことも。
夏の濃さが褪せた秋の空のもと、わたしはちょっと頭を振った。
「ところで」といってみると、「ん?」と穏やかな声が返ってくる。
「癖と個性ってどう違うと思う?」
「ええ……難しいなあ……」
「本当、今のうちでしょう、こんなことできるのって」
「そうだよね……」水月は細い顎に細い指をあてた。しかし綺麗な顔をしている。
水月はしばらく黙りこんでから、「あっ」と声をこぼした。「魅力的かそうじゃないか、じゃない?」
「魅力……?」
「魅力のある癖は個性、ただの癖は、……うん、癖」
「魅力があるかどうかの違いは?」
「そりゃあもう、好みに合うか合わないかとしか……」
「真理だね」とわたしは苦笑した。
「どうした、弱気じゃない」
「絶対に逃したくないの、この機会を。三年になっちゃったら、もう本当にこんなことできないし」
「俺は学業を蹴ってでもやりたいけどね」
「どうした、強気じゃない」
「はなに影響されたのかな」
わたしはふざけて「それはいいことだわ」と笑い返した。
わたしは庭にでるときに持ってきていた二枚の絵を見比べた。空想画で、しばらく前に描いたものとつい最近描いたものだ。
「だいぶ上達したよね」と水月はいった。「プロの目だ」と笑うと、「からかってるんだ」と笑い返された。
「わたしの癖ってなんだろう」
「なんか、薄気味悪いところあるよね」と水月は苦笑した。
「なんですって?」とちょっと理不尽にも怒ったふりをして返すけれど、実際にはありがたい。この頃、水月はよく、こうしてはっきりと思ったことをいってくれるようになった。距離が縮んだ証かな、なんて、こういった一面に遭遇するたびに嬉しくなる。
「なんだろう、はなの空想画って、なんだろうな……ほんわかしたような感じなんだけど、どこか怖いんだよ。なんだろう、毒のある絵本——ちょっと怖い描写のある絵本とか児童書みたいな。それが悪癖か味かはわからない。このどこか釣り合いのとれてない感じに惹かれる人だってそりゃあいるだろうし」
「不気味……? 怖いかなあ……」
「はなの無自覚な狂気だ」と水月は笑う。
「水月自身はどう、こういうの、好き?」
「見てる分にはおもしろいけど、自分の家に飾りたいとは思わないかな。うちが和室ばかりだからかもしれないけど」
「怖い、か……。え、じゃあ、これを飾ったら合いそうな部屋ってどんな感じ? どんなものが置いてあったりしそう?」
「人形とか」
「夜中に動きだすような?」
「呪われてるじゃん」と彼は笑った。
「いや、普通の人形だよ。綺麗な顔した、ちょうどはなみたいな顔した人形たち」
「それは褒めてるの?」
「どうだろうね」となんでもないようにいう水月に「最悪だよ」と苦笑する。
「日本人形っていうよりは、なんていうんだっけ、球関節人形っていったっけ、ああいう感じの人形。ああいうのがいくつか並んだ、洋室に飾るといいかも」
「ああ、目の下がほんのり赤っぽい子たち」
「そうそう。すごい綺麗なの」
そっか、と納得しそうになったのを咄嗟に押しこむ。「ちょっと待って。わたしってあんな感じ?」
「かわいいじゃない」
「人形はかわいいけど、……あんな、消えそう?」
水月はわたしの頭に、ぽんと手をのせた。そしてゆっくりと、その手を右に左に滑らせる。胸の奥の方が、なんだか、ほわっと、浮くような感じがする。なんとなく眠たくなるような心地よさ。
「こうして触るのに、すごい勇気が要った」
「わかったから、……離して」
水月はいたずらっぽく微笑み、手を頭から頬の方に滑らせてきた。指先の触れるくすぐったさに顔を背ける。
「こんなにかわいいんだ、本当に目の前に存在する人かどうか、疑いたくもなる」
「嘘だ、大げさだよ」
「嘘じゃない。天使か妖精みたいだ」
「……恥ずかしくないの、いってて」
「嘘をついてこんなに信じてもらえなかったら恥ずかしいけどね」
「じゃあ恥ずかしがって」
「嘘じゃないから恥ずかしくない」
わたしは水月の手を払うようにして、「いいから」と気を取り直す。
「今は絵の話だよ」
水月はただどこまでも綺麗に微笑んだ。「そうだね」というと、深く息をついた。それから、「ああ、今日も満ち足りてる」となんてつぶやく。
わたしはそれに初めて、「そうだね」と同調してみた。