じっとりと汗をかき、追いつ追われつして十二点と十三点でなんとか勝った。稲葉の「腹減ったな」という言葉を合図に帰ることにした。「あたしたちも帰ろう、そろそろ帰ろう」と慌ただしい女の声がして、見ればその声の通り慌ただしく出入り口へ向かう女性と、それに引っ張られる形でついていく男性の姿があった。

 「なになに花車〜」とくっついてくる稲葉を睨む。「よその男の彼女奪おうとか思っちゃったわけ?」

 「ばかか。騒々しい奴らだと思ってただけだ」

 一枚よこせ、といって稲葉の手の上で無防備に口を開いている袋から、ボディシートを一枚抜きとる。顔から胸のあたりと腕を拭く。

 「あの女の子、ちょっとかわいかったな」

 「そうか。顔は見てない」

 「なかなかの美少女だよ」

 「いくつくらい?」

 「俺たちと同じくらいじゃねえ? 高校生だと思うよ」

 ぎゅっと握りしめたシートが液体を滲ませ手を濡らす。

 「はあん、そりゃあまあ、楽しそうなことで」

 「なに、花車ってそんなに女子に興味あったっけ?」

 「おまえが俺のなにを知ってるんだよ」

 「俺はおまえが田崎に執着してることを知ってる」

 「一部でもねえよ、そんなの」

 「申し訳ないけど、俺はおまえには興味がないんだ。ただの邪魔者だよ」

 「これからも邪魔させてもらう」

 「いいや、それは許さない。田崎と戦い勝つのは俺だ」

 「そうかよ、せいぜい叶わぬ目標に向かってひた走れ。その目標と一緒に待っていてやる」

 「てめえがそこにいくのに走ってるのを追い抜いてやる」

 「それは珍しい景色だな。だが見たくはない。俺は見たくないものは見ない」

 「そういう割に隣のカップルが気になってたみたいだけど?」

 覗きこんでくる稲葉の額に指を弾く。

 「俺は繊細なんだ、騒々しくされれば気が散る」

 「繊細な人は自分で繊細だなんていわないと思うんだけど?」

 俺はごみ箱にシートを捨て、「飯にしようぜ」と稲葉に声をかけた。

 「牛丼奢ってくれんの?」

 「負けたのおまえだろ。大盛りで我慢してやるよ」

 内側から一枚目の自動ドアをでたところにある自動販売機に五百円玉を入れ、スポーツドリンクとレモネードを買った。じゃらじゃらと釣り銭がでてきている間に、レモネードを稲葉へ差しだす。

 「なに」

 「やる」

 「なんで」

 「小銭がほしかった」

 「なっ、だ、……おまえって……なんかこういうところ、変に優しいよな。……しょうがねえ、生たまごくらいならのせてもいいぞ」

 「大盛りに自粛してよかったよ」と返して釣り銭をとり、財布に入れる。「おまえ最低だな!」と叫ぶ稲葉を無視して、脇に挟んでいたスポーツドリンクを開栓し一口飲んだ。