独特な油のにおいの静かな庭に、「来年」とはなの声が落ちた。澄んだせせらぎに新緑の葉が落ちたのを見たような心地よさだった。

 「来年……」とその言葉を噛みしめる。先のある言葉に体の奥が喜んで震える。

 はなは「うん」とうなずいた。「来年の夏休み、開こうか」

 どきりとした。

 「本当は今年……とか思ってたんだけど、まあ……ね」こんな感じだし、と彼女は困ったように笑う。

 「そうか、来年か」

 「もう、ずっごい忙しくなるよ」

 「売れちゃうか」と笑うと、はなはカンヴァスからこちらへ視線を向けた。ちょっと驚いたような目をしている。やべ、勉強の方かと気づいて顔が熱くなる。

 はなはふわりと微笑んだ。「そうよ、もうすっごい売れちゃうから」と得意げな笑みに変える。

 「わたし、ずっと水月と描いていたい」

 「ああ……描こうよ」

 「わたし、最近ね」と、はなは下の方へ視線を落とした。「描きながら思うの」

 「うん」

 「画家になれないくらいなら、もう、全部どうでもいいやって」

 「本気だね」

 「自由に生きたい」

 「今は不自由?」

 「ううん」と彼女はこちらに向き直った。「割と自由だよ。だから、これを手放すのが怖いの。これを確実なものにして、わたしの人生からなくしたくないの」

 それでね、と微笑み、はなはほのかに頬を染める。

 「この自由が、……水月のそばにあったなら、……そんなに嬉しいことは、ないなって」

 口角があがってしょうがないので唇を噛んでみるけれど、なにも隠せてはいないだろう。

 「はな次第だよ」と俺は答えた。「はながいたいところにいればいい」

 はなは「水月からずっと離れたところでも?」といたずらに笑う。俺は「泣きながら見送るよ」と笑い返す。