部屋では誘惑が多すぎると思って一階の和室で課題と闘っていると、葉月が草でも抜くためか、庭にでてきた。その名前を叫んだのは八月の十九日。

 「大変だ、プロデューサーが走ってる!」

 葉月は縁側越しにこちらを見ると、「なに水月、まだやってんの?」と冷たい声を発する。

 「俺でさえもう終わってるのに」

 「画家のまねごとは大変なんだ」

 せっかくはめた軍手を外して縁側に放り、葉月は「よっこいしょ」といってあがってきた。

 「おまえさあ、いちゃつき散らかしてるから終わんないんだよ」

 「い……ちゃついてなんか」

 「はな、はな、……ああ、俺のかわいい、かわいいはな……!」

 そんなこといってない、といえないのが恥ずかしい。なんと返したものかと悩んでいると、「楽しみにしてるよ、展覧会」と彼はいった。

 「幸せにして幸せになれよ」

 俺はそっと息をついて、シャープペンシルで課題のページを叩いた。「そのためにはこいつを片づけないといけない」

 「だからいったじゃん、これは、あちこちで問題が起こるもんで、プロデューサーがスタジオ内を駆けずり回るんだよ。で、それを上から眺めてるだけの俺たちは、暇なんで、プロデューサーが走った形の面積を計算するんだよ」

 「俺はプロデューサーに密着してるだけで十分楽しめるんだ」

 「そりゃあ、ずいぶんな変わり者だな」

 「変わり者にもわかるよう教えてくれ」

 葉月は息をつき、部屋をでていった。その背に「待ちたまえ」と叫ぶ。

 「どこへいく」

 「帳面と筆記用具をとりに」とふざけた調子でいう弟を、「頼もしい」といって見送る。