互いの絵を何枚も描いた。水月の手元を、足元を、何度も描いた。水月はわたしの目を覗きこみ、「綺麗」とか「かわいい」とかいって、満足そうに微笑んだ。水月のそういうところを、やっと少しずつ受け入れられるようになった。恥ずかしいけれど、少し、嬉しいと思えるようになった。

 その頃には、わたしたちの使うカンヴァスは大きくなっていた。経験を積むのと実験のために小さめのカンヴァスで数を稼ぐように描いていたけれど、いい加減、一枚をじっくり描いてみようということになった。

 薫風堂のおいちゃんにはかなり無茶なお願いをするようになった。もうちょっともうちょっと、そこをなんとかといううちに、「五枚買っていけば半額にしてやる」とまでいわせてしまった。いやそこまでは、なんていうこともできず、「ありがとうございます」と叫んで頭をさげたのは水月と同時だった。

 部屋の向こうでは雨が降っている。ぱらぱら、というにはあまりに激しいその雨は、屋根の上にぽたぽたと弾け、窓をずぶ濡れにして伝っていく。

 カレンダーは七月、八月に変わるのを今日か明日かと待ちわびている。

 自分の家、その中の一室、ここでこんなにも落ち着かないことは珍しい。

 「……なんで、わたしの家なの」

 「葉月がいたらいちゃつけないでしょう」

 「いなくたって……そんなことしない」

 「わかりやすいことはしなくたって、そんなかわいい顔してたら、葉月が嫉妬する」

 「なんであいつが」

 水月は静かに笑った。「もしかしたらとは思ってたけど、はな、かなり鈍感だよね」

 「どういう意味?」

 「そのままだよ」

 「水月ってもったいぶったいい方する」

 「そんなことないよ。あんまり爽やかじゃない恋物語があるんだよ」

 「ほら、そうやって遠回しないい方する」

 水月はそっと息をついた。そして口を開いたものの、声を発することなく、これ以上に話すつもりはないというように黙ってしまった。

 今さらだけれども「怒った?」と表情を窺えば、彼は「いや、断じて」と嘘でもなさそうに穏やかに微笑んだ。