わたしは水月に描かれながら、自分もまた、携帯電話の画面に表示させた写真を大きくしたり小さくしたりしながら、カンヴァスに鉛筆を走らせる。

 ふと思いだして「水月って」といってみると、「ん?」と穏やかな声がした。

 「水月って、人の体の一部を描くのが好きなの?」

 先日見せてもらった絵の中には、左右にそれぞれ植物と鋏を持った手や、笛をそっとあてた唇や、畳の上に投げだされた腕なんかを描いたものもあった。

 「全身より、そういう方がいいなと思って」

 「ふうん。どうしてそう思うの?」

 「指先とか目とか唇とか、どこでもそうだけど、そこだけを描くと、美しさがぎゅっと詰めこまれる感じがしない?」

 「ああ……ほかに見るものがないからか」

 「いっちゃえばそういうことかもしれないね」と水月は笑った。「へたでもごまかせるのかも」と。

 「でも確かに、俺は人のそういうところを描くのが好きかもしれない」

 「それをまた、綺麗に描くんだよね」

 わたしは画面の中の写真を動かした。

 ああ、衣……! なんておいしそうな。

 「モデルがいいんだよ」と水月はいった。

 「この間見てもらったそういう絵のモデルは全部葉月なんだけどさ、葉月の手って、鋏とか植物とか笛がよく似合うんだよ」

 「似合う似合わないなんてあるの?」

 「俺が持ったんじゃあ、きっと違う」

 「双子なのに?」

 「二卵性だよ」と彼は照れたように謙遜するようにいった。水月にとって、双子というのは褒め言葉に近いものらしい。

 「はなの手は絵筆とどんぶりが似合う」

 「ちょっと待って」

 わたしはカンヴァスに目を落としている水月に向き合った。

 「それ、水月の前でわたしがそれしか持ってないからじゃない?」

 「それならそれでいいんだよ」と水月はなんでもないようにいった。

 「葉月だってそうだ、俺がよく、あいつが花を生けてるのと笛を吹いてるのとを見るから、俺にとって葉月の手はそういうものが似合う」

 水月はその綺麗な目を、カンヴァスからこちらへ向けた。そしてふわりと微笑む。

 「俺は、はなほどおいしそうにかつ丼を食べる人を見たことがない」

 「……褒めてんの、それ」

 「俺の頭は偏愛でできてる」

 「だめだよ、それ」

 「好きな人ほど優れて見えるものはない」

 「本当の姿見えてるの、それ?」

 「見えてなくても問題ない」

 「そうは思えない」

 「俺は熱しやすいけど冷めにくい。一遍熱したら冷めるのに半世紀はかかる」

 「経験ないでしょ」

 「この熱がそう簡単に冷めるとは思えない」

 「熱がでてる間はそういうもんなんだよ」

 「冷めたらまたあたためればいい。こうして」

 「ん?」と聞き返すと、水月は「俺はまた絵を描いてる」といった。「これほど冷めたものを俺はほかに知らない」と。

 「葉月がいなければはなに会えなかったし、二人がいなければ二度と描くことはなかったと思う。冷めて困るものがあるなら、ほかの熱を伝えればいい」

 「たとえば?」

 「わかり合えなくて疲れたらわかり合えるところに目を向けるとか」

 わたしは思わず笑ってしまった。「なんか水月、かわいいこというね」

 水月はカンヴァスを見つめたまま、筆を持った手を扇ぐように動かした。「なになに」と苦笑すると、「もっといって、もっと褒めて」と、本気なのか冗談なのかわからない調子で返ってきた。