翌日曜日、いつもの調子で土手に向かった。はなは、まるで四六時中そこにいる妖精のように今日もそこにいた。さっぱりとまとめられた髪の毛の先が風にさらりと揺れる。それこそが、目が何気ない景色よりも見たがる神聖で尊く美しいものであるように、はらりと風に踊る髪の先から目が離れない。

 はなはこちらを向くと「ハロー」といって大きな目をかわいらしく細めた。

 「ご機嫌いかが?」とちょっと気取ったような声でいう彼女に、「最高だ」と答える。ここはもはや、精霊の棲むエネルギースポットだ。その精霊の姿を見るだけで、すべてが報われたような幸福感に包まれる。それが幻であろうとも、苦しいほどの幸福感に包まれる。あたたかい。

 「今、ちょうどできたところなの」という声に心臓が騒ぎだす。見たい、知りたい、近づきたい。激しい欲求が胸の奥に渦巻く。それがどことなく好奇心にも似た形や色をしていると気づくのには、ちょっと時間がかかった。

 「見ても、いい?」

 「あまりじっくり見ないでね」と恥じらうはなに、「はなも俺の絵をじっくり見た」といい返す。

 「だってそれは」と言葉を切って、はなはちょっと目を逸らした。「すごく綺麗だったから……」

 「きっと俺も同じように感じる。それに、友達(、、)に見られて恥ずかしがってるようじゃあ、画展なんか開けないよ」

 「それはそうだけど……水月だって恥ずかしがってた」

 俺は肩を持ちあげて苦笑し、首を振った。「俺にとってはなは友達じゃない」

 「なんてこと!」とはなは特にふざけているようでもなくいった。

 「俺ははなに恋している」

 「はあ……? ええなに、なんか変なもの食べた?」

 「その方がよかった?」

 「いや、なんていうか……」

 俺ははなの後ろに立って、イーゼルにかかった絵を見た。はなの性格を映したように、力強く優しい、淡く濃い色がのっている。主張が強い、という人もいるかもしれない。けれども、俺はそのようには感じない。確かに主張の強い部分もある。けれども、それを隠すわけではなく、優しく寛大な感じのする部分もある。実に調和のとれた、美しい一作だと思う。

 「俺は好きだ、この絵」

 「ちょっと待って、見ないで」

 「もう見ちゃった。……友達に見られて恥ずかしがるものじゃないよ」

 「ばっ……か、その、そんなこといわれたら……わたしにとっての水月も、なんか変わってきちゃうじゃん」

 「変える必要はないよ」

 「わたしが変えるんじゃなくて、水月の方が勝手に変わっていくの」

 「迷惑だった?」

 「迷惑じゃないけど……。迷惑だっていったとしたら、どうせ忘れろとかいうんでしょ、わたしだってそんなにばかじゃないよ」

 「いや、迷惑なら立ち去るよ。二度とはなの視界には入らない」

 どうせ初めから実ることのない恋だ、互いの忘却の救いを待つのはさしてつらいことではない。

 「いや、そんなこと……することないけど……。え、なんの冗談?」

 「冗談じゃないよ」

 「まったくだよ」とはなは今度はちょっとふざけたようにいった。

 しばらく黙りこんでから、はなはそっと口を開いた。

 「わたしってね、意外と女の子なんだよ。……その、恋って、人生そのものだと思ってて。一人の人生に、恋って一回だけだと思うの」

 そうかな、と思ってから、いや確かにそうかもしれないと納得したとき、はなは「わたしにとってはそうなの」といった。

 「初めて好きになった人と、付き合って、……それから、その……そうやって最後まで一緒にいるものだと思ってるの。ていうか、そういう恋がしたいの。わたしの人生の中に、何人もの人にいてほしくないっていうか、一人の大好きな人のために生きたくて。重いって思われるかもしれないけど、わたしってそう生きたくて……」

 「素敵じゃない」

 「からかってるでしょ」というはなに苦笑する。

 「俺ってそんなに軽そう?」

 「そうじゃないけど……。だから、わたしって意外と女の子なの」

 小さい子供のようにぷりっとしていう姿は、愛らしさという爪で俺の胸の奥を掻き乱した。

 「水月みたいな人がなんでって、……思うじゃん……」

 「ん?」

 「だから、……水月なら、選び放題でしょって」

 「そう見える?」

 「そういってるでしょ……」

 「なら、そう見えるだけだよ」

 「でもなんで」

 「はなが、……優しくて負けず嫌いで、かわいいから」

 はなは、そっと火を灯したように頬を染めた。

 「からかってるんだ!」

 「違うって。さっきもいったでしょう」

 「うるさい、……描きなよ、うぶな女の子いじめてないで」

 俺は礼をいってはなの隣に腰をおろした。そばにいることを許されたのが、嬉しい。