葉月が携帯電話への着信に「よう、好敵手」と挑発的な口調で応じたのは、台所から煮物のにおいが漂ってくる夕飯前のことだった。

 俺はぼうっとテレビを眺めつつ、座卓にのった菓子器からおかきの小袋をとったところだった。

 「水月」と咎めるような声が飛んできて、「はい」と答えると「何袋目?」と返ってきた。

 座卓にのせた両腕の間には空いた小袋がみっつあり、俺は素直に「四」と答える。

 「お夕飯の分は空いてるんでしょうね」と声がして「あたぼうよ」と答える。俺だって成長期の男子だ、夕刻というのは腹が減る。

 「上等だこら、ぎゃふんといわせてやる。けちょんけちょんにして目にもの見せてやろうじゃねえの」と、いかにも俺のきょうだいらしくふざけた言葉で相手の喧嘩を高値で買った葉月は、通話を終えるとふうと息をついた。

 「イナバの奴がこの俺さまに喧嘩を売ってきやがった」

 「誰、イナバ」

 「稲の葉でイナバ」

 「そうかなとは思った」

 「同級の部活の奴。この間、部活でぼろ負けさせてやったんだけど、根に持ってるらしい」

 「なんて?」

 「明日、駅前の卓球センターで真剣勝負だとさ」

 「駅前って?」

 「最寄りの」

 「ああ、自転車で三十分以上かかる最寄り駅」

 「飛ばせば三十分切る」

 「田舎を舐めちゃいけない」俺は首を振って、一粒、おかきを口に入れた。

 「自転車なら水月より俺の方が速い。まじで一回、三十分切ったんだよ」

 「で、なんでまたそんな遠くまでいくの」

 「お兄ちゃん、葉月が一人で遠くまでいくなんて心配」とふざけた声でいう母を、葉月は「やかましい」と一蹴した。「お喋りを楽しみましょうよ」という母に彼は「今じゃない」と返す。

 「卓球センターっていえば、市内にもあるじゃん」

 「水月、あの駅は市内にあるぞ」

 いいながら気づいていたことへの指摘に苦笑し、「もっと近くにあるでしょ」といい直す。

 「ああ。稲葉がさ、ちょうどあの駅から近いところに住んでんだよ。そのせいで」

 「災難だね」

 「なに、あいつを負かすためなら何時間でもかけてどこへでもいってやるよ」

 「それはずいぶん仲よしだね」といったあと、ふと意識を引かれて見れば、葉月が右手を差しだしていた。一袋よこせといっている。

 「ほい」と投げた一袋を葉月は「サンキュ」と受けとった。台所から飛んできた咳払いに、葉月が「明日は真剣勝負だ」と答えた。俺は「それじゃ元気つけないといけないね」と合いの手を入れた。