初めに声を発したのは今日もはなだった。「水月」と明るい声がした。「やっと会えたね」というはなに「久しぶりだね」と答える。

 はなの隣に腰をおろし、荷を解く。鞄から一枚の画用紙を取りだす。昨日、あのあとに葉月の生けた花を描いたものだ。

 自分から見せるのもどうなのだろうと悩むより先に、はなが「わあ、綺麗!」と声をあげた。

 「これ、水月が描いたの?」

 「昨日……あれから簡単に」

 「へええ、ちょっと見てもいい?」

 画用紙を差しだすと、はなはそっと受けとった。大きな目が、審美するように隅々まで走る。あのときもこんなふうに隅から隅まで、欠点を探すように、百か十か、あるいは五から、減点されていったのだろう。わかりきったことも改めて思うと胸苦しくなる。背筋か首筋かを冷たい指が這うような、凍てついた恐怖に体が変に熱くなる。

 怖い。

 俺は、過剰な自信を持っている以上に小心だ。否定されたくない、拒まれたくない、取るに足りないと、切り捨てられたくない。

 恥ずかしいから、といって画用紙をとり返そうと思って伸ばした指がちょっと震えているのに気づいて手を引っ込めたとき、はなが顔をあげて深く息をついた。ほんのり染まった頬と熱っぽい目でこちらを向く。

 「すごい……なんか、ここが……ふわって、ほわってした」と、やわらかそうな胸の真ん中に細い指先を当てる。

 「これ、本当に綺麗なものとか、かわいいものを見たときになる感じ」

 はなはまた深く息をついた。

 「水月はお花も生けるの?」

 「いや、それは葉月が……」

 「へえ、あいつにそんな趣味があるんだ」

 「葉月は花が大好きなんだ。それも、庭の花が伸びすぎてたのを切っただけのものを生けたんだけど、それでそこまでやるんだよ、葉月は! それに、それに葉月は笛もじょうずなんだ。葉月の笛は、本当に綺麗な音なんだよ。本当に自分の音にしちゃうんだ!」

 ふと、自分が激しく感情的になっているのに気がついて、俺ははなの方へのりだしていた体を引っ込め、口を閉じた。

 確かに昨日、絵にしながら、じょうずに生けたなとは思った。けれどもそれ以上に、今こうして激しく捲し立てたのは、はなの意識を自分やその絵よりも別のところに向けさせたかったからかもしれないと思うと、どうしようもなく恥ずかしくなった。

葉月は本当に、こんな俺をあんなふうに評価してくれているのだろうか。いや、葉月のことは信じている。疑う理由がない。けれどもそれ以上に、自分を信じられない。

 はなが小さく笑った。「水月、本当に葉月のことが好きなんだね」と。

 「それだけ仲のいいきょうだいがいちゃあ、水月の将来のお嫁さんは大変だね。なにかあったら、いっそ葉月本人が登場しそうだし。『俺はおまえが気に入らない』っていって」