「とりあえず、乾杯」



勝手に重ねられたふたつのグラスが、小さな音を響かせる。


躊躇いながらも口に含んだダイキリというカクテルは、ライムの爽やかな酸味をほんのりとしたあまさが支えている。あまいのに、さっぱりしてる、不思議な味。



「…あ、おいしい」


「でしょ?」



思わずこぼれた私の感想を聞いて、お兄さんは嬉しそうに目尻にシワをつくる。


今日みた中でいちばんかわいい笑顔で、こっちの笑顔の方がずっと似合ってるのにと思いながら、ほんとにおいしいから、大人しく頷いておく。


私の反応を嬉しそうに受け入れたあとは、なにも言わず、ただ黙って、アプリコットフィズを口に運ぶこの人は、たぶん、気づいてる。


ほんとうは、誰でもいいから吐き出してしまいたいという私の叫びも、ツンケンしてしまった手前、言い出せなくなってしまった意地っ張りな私にも。


このタイミングの沈黙が、私に口を開かせるということも。



「…あの人。菖悟さんは、私に言うんです」



バーテンダーって恐ろしいなと思いながらも、ゆっくりと体内に染み渡っていくアルコールのせいにして、ようやく、口を開く決心をした。



「ただ、出会う順番を間違えただけだって。

それなのに、いつになっても私は後まわし。
せめて今日くらいは、私を選んでくれると思ってたのに」