「あれ、何してんの?」
ドアから顔を覗かせたのは、お兄様だった。

「ちょっと本でも……お兄様は?」
「何か手がかりがないかと思って散策してたんだけど、ここすごいね。一面の本」
「お父様が読書家なんで集めてるんですよね」

本が好きな私は、ここによく忍び込んでいた。
だからいつの間にか、勝手に入ることについては黙認してくれるようになっていた。


「お兄様の定位置は、そこでした」
部屋の隅にある椅子を指差す。
いつも地べたに座り、椅子を机代わりにして勉強していた。

「中学受験の時、お兄様は毎日ずっとそこで勉強していて、私は隣で本を読んでました」

真剣に勉強するお兄様と、背中合わせになって座り、もたれ掛かりながら本を読んでいた。
その時間が、すごく幸せだった。


「遥はどんな本が好きなの?」
「ええっと、そうですね……これとか」

ふと目に入った本を手に取る。実際大学時代に読んで面白かった本だ。

「……英語?」
「はい、量子力学の本ですね。日本で未翻訳のやつです」
「……他には?」
「あ、同じく未翻訳の電磁気学の、これはドイツ語ですが……」

お兄様はきょとんとした顔をしている。
まぁ、確かに一般的な人は読まないのかもな、とは。

私は昔から、科学や物理学をすごく勉強していた。
それも『北大路工業』の名前に恥じないように努力していたからだ。