「会っています。というか、僕が一方的にあなたを知っていたんです」

「え……?」

「まあ片思いと呼ぶにはどうなんだ、という感覚でしたけどね。
 父から早く結婚相手を見つけろとさんざん言われて、見合いだのなんだのしたんですが、どの女性も甘やかされたお嬢さんで、親がしている仕事については知らないような人ばかり。どうもピンとくる相手がいないな、と思っていたんです。
 そんな時父が五十嵐への援助の話を持ち出した。そこの娘さんと見合いでも、と軽い気持ちで言ってきたとき、父が持っていた写真にはあなたが映っていた。驚きました、京香さんのことはずっと心の中で忘れなかったのに、あなたがどこの誰かは知らなかったで」

「ええ?」

 まるで話が読めなくて首を傾げる。理人さんは懐かしむように笑った。

「学生の頃、大学の友人に連れられて、学生向けの居酒屋で飲んでいたことがあるんです。周りは女性も多くいて、まあ自分で言うのもなんですが囲まれて飲んでいました」

(ほんとに自分で言うなよだけど納得)

「そこで、近くの団体の様子が変だなーと思ったんです。こちらと同じような若者の飲み会なのに、やけに静まって一人の女性の声だけがしてる。ちらっとみたところ、一人の女性が隣の男性に熱弁をふるっているところでした」

 そこまで聞いて、はっとした。

 まさかそれって、朋美に連れて行ってもらったけど、隣に馬鹿っぽい男が座っちゃって、しかもどっかの会社の跡取りなのに『社長だから社員働かせて贅沢三昧』とかほざき、つい説教垂れてしまったあれ!?

 飲み会の雰囲気ぶち壊して黒歴史になってしまったあれなの!?

 目を真ん丸にして理人さんを見た。彼はにっこり笑う。

「『会社を経営する者としての誇りはないのか』『社員全員の生活がかかってるんだ』」

「あ、ああ……!」

「『仕事仲間に必要なのは誠意と優しさだ』『まだ自分の会社でもないのに女にモテたいからって軽口叩くなかっこ悪い』」

「もうやめてくださいいい」

 私は両手で顔を覆った。覚えている、間違いなく私だ。あの頃、必死に勉強し、家では家族や父のやり方に苛立ち尖っていた頃なので、空気も読まずにそんなことを言ってしまった。朋美があの後必死でフォローしてくれたのだ。

 理人さんは声を上げて笑った。