理人さんは一つため息をつき、苦し気に言う。

「不仲だろうな、とは思ってましたが、そんな状況だったとはまるで想像しなかった。ワンピースや、やけに少ない荷物を見て変だなと思っていたのに。気づけなくてすみません」

「いえ、理人さんが謝ることじゃ!」

 気まずくなって黙り込む。そのまままた、暫く沈黙が流れた。車はマンションにたどり着き、二人そろって最上階へ上った。

 とりあえずリビングに戻ると、置きっぱなしのティーカップなどがそのままだった。それを片付けようかと手を伸ばしかけたところに、理人さんの声がする。

「こっちに来てください」

 ソファに座った彼に呼ばれる。私は手を止め、言われた通り彼の隣りにおずおずと腰かけた。なんだか気まずい。でも多分、まだお互いの誤解は解け切っていない。私は散々嫌な態度を取り続けたことを謝ってもいないのだ。

 とりあえずまずそれを改めて謝ろう、と思ったところで、先に彼が謝罪してきた。

「すみませんでした」

「え? え、いえあの、理人さんが謝ることは何も。私が色々思い込んでいたっていうか」

「いいえ、僕の言葉が不足していました。
 話をまとめます。京香さん、あなたはつまり『僕から結婚の話を白紙にし、そのために援助もなしにして買収されるのが目的』であったということですね」

「はい」

「それで、あんな演技をしていたと」

 言われて、私は反射的に頭を下げた。髪が大きく揺れる。

「すみませんでした、色々……失礼なことを!」

「謝ることはないです。楽しかったですよ、あなたが次に一体どんな手段を使うのか」

「……あの、もしかして、気づいていましたか?」

 恐る恐る顔を上げて尋ねてみると、理人さんは少し吹き出して笑った。

「当たり前です。だって、あなたがやることなすこと、全部矛盾だらけですから。
 金遣い荒い女を演じたがってる割には、靴は履き古したものだし買い物中値札をみて一時停止している」

(バレてた)

「性に奔放だと言っておきながら、私が近づくだけで顔を真っ赤にする。どれも見ていてとても面白かったです」

「全部気づいていたんですか……」

 がっくりと頭を垂れる。理人さんはまた笑った。

「気づかない人いませんよあれ。
 ただ、僕は僕で思い込んでいたんです。
 『結婚は嫌だが会社は無くしたくない。嫌な女を演じることでこちらから結婚を白紙にして、援助は続行してもらいたい』のかと」

 その言葉を聞き、ゆっくり頷いた。

 そこに私たちのすれ違いがあった。

 会社の経営状態などを知らない理人さんからすれば、まさか援助をすることが私を苦しめているとは思わなかっただろう。私の願いは気づかなくて当然だ。理人さんは私や五十嵐のことを思ってくれていた。だから善意で援助は続行するように話を進めてくれたのだ。

 彼は続ける。

「結婚を条件に今回の援助の話があったので、いわば政略結婚です。見ず知らずの男に嫁ぐなど、あなたが嫌がることは想定内でした。僕はそれに気づいていながらも、こちらからは結婚をなしにしないと強く思っていた。あんなに泣かれて嫌がられれば、さすがに諦めましたけど」

 苦笑する理人さんに、私はついに聞いた。

「あの、理人さんとどこかでお会いしていましたか?」

 さっきの社長の言葉から考えるに、結婚は理人さんが望んだという言い方だった。つまり私のことを知っていたということか。ただ、片思いなんてされるようなことは絶対ないと思うのだが。

 私の質問に、彼は恥ずかしそうに笑った。