「お前がそういうならそうしてもいい。
 京香さん、あなた一人にたくさん背負わせて申し訳なかった。中途半端に口を出したうちが悪かったんだ、ここまで来たなら最後まで任せてくれないか。息子には考えがあるようだ」

 私は二人の顔を交互に見る。二人とも出会って間もない人たちだ。でも、自分の父親よりずっと信じられる気がした。それに、この人たちしか信じられる相手はいない。もう私は頷くしか出来ないのだ。

「よろしくお願いします……正直、会社がどうこうというより、社員みんなが安心して働ける環境を与えてあげたいんです」

 今度は私が頭を下げる。買収されるならそれでいい、会社の名前がなくなってもいい。とにかく、今まで一緒に頑張ってくれた仲間が幸せになれる方法を。

 私の頼みに、社長が感嘆のため息を漏らした。

「頭を上げなさい、君がそんなことをする必要はないんだ。
 ああ、でもやっぱりあの人の孫だね。若いのにそんなに自分の会社のことを考えていて……素晴らしい。理人とは合わなかったようだが残念だね。理人が片思いしていた相手としては納得だ」

「父さん!」

 突然見知らぬ情報が入り込んで、私はぽかんとした。今何て言ったの、片思いしていた?

 私は無言で理人さんを見る。彼はバツが悪そうに視線を逸らす。その耳は若干赤い気がする。社長は驚いたように言った。

「なんだまだ言ってなかったのか? お前、大事なところはちゃんと言わないとだろ。どうせもう振られたんだから」

「うるさいな、傷口に塩を塗るな」

「あ、あの、話が見えないんですが」

 私は戸惑いながら声を上げる。八神社長は理人さんが止めるのも聞かずにサラサラッと事情を話した。結構口が軽いタイプあのかもしれない。

「いや、いつまでもいい相手が出来ない理人に、五十嵐に援助をしようって話が出たとき、『お前もあの人の孫と結婚してくれればいいのに』って半分冗談で言ったんだ。まあ、見合いぐらいしてもらうかとね。そしたら、『見合いじゃなくて結婚したい』って言いだすから……」

「へ」

 私は理人さんを見る。彼は今だ私の視線を逃れるようにそっぽを向いたままだ。その横顔がなんだか子供みたいで、普段の理人さんとはまるで違って見えた。

 理人さんが私と結婚したがっていた? どうして。だって、私と彼は初対面だったはずだ。片思いなんてしてもらうはずがない。どうして私と結婚を?

 社長は面白そうに笑いながら言う。

「それであんな無茶な条件を付けたというわけだ。だがまあ、合わなければ仕方ないから、まずは一緒に住んでもらおうか、と」

「……理人さん?」

 私の呼びかけに、彼はようやくこちらを向いた。その目と目が合った時、心臓が飛び跳ねる。

 彼があんな嫌な女と結婚しようとしていた理由が、ここにある?

 理人さんはわざとらしく咳ばらいをした。そして立ち上がる。

「とりあえず、五十嵐については一旦持ち帰ります。そして京香さん、僕はきちんとあなたに言わなくてはいけないことがある」

 そういわれ、私も反射的に立ち上がった。八神社長がにやにやした顔で私たちを見ていたのが印象的だった。