「でも……そんな何十年も前のこと、今更やり返す必要あるんでしょうか。八神はうちとは比べ物にならないくらいずっと大きな会社だし、祖父もとっくにいなくなっているのに」

「分からん。ただ、男はプライドを傷つけられたことは一生忘れないのは確かだ。
 私はただ、八神があなたのところを助けようとしてると聞いて、おかしいと思ったんだ。それと伝えたかった。おそらく、あなたのお父さんは聞く耳を持たないと思ってね」

 目の前が真っ暗になった。

 会社のためにと思ってやってきた、理人さんに嫌われる行為が、会社を追い詰めていたなんて。最初から大人しく結婚してればよかったんだろうか。いや、相手は八神なんだから、どんな手を使ってでもうちを陥れたかもしれない。

(と、いうことは……)

 ぼんやりと、理人さんの顔が浮かんだ。いつだって優しくて真面目で、私に嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。

 ああ、あれはやっぱり、演技だったんだ。

 全部目的があった演出で、本当の顔は違うんだ。

 そりゃそうだ。あんなに失礼なことを散々しておいて、あんな対応してくれる方がおかしい。裏があった、と言われた方がずっと納得してしまう。

 それなのに、あの人に本気になってしまった自分の愚かさが、突き刺さって痛い。

「大丈夫か? 私も源さんやお母様にお世話になった身なのに、何も手助けできなくて申し訳ない」

「いいえ。うちと最後まで一緒に仕事をしてくれただけで十分です。リスクもあっただろうに、鬼頭様のおかげでここまでこれたんです」

「それでどうなる? 八神からの援助は断れそうか? 買収の方が、君たちにとってはいい話かもしれんよ」

 私は乾いた笑いを浮かべた。それを見て悟ったらしく、彼はつらそうに眼を閉じた。

 もう遅いんです。

 買収の話は蹴り、援助はとっくに受けてしまっているんです。






 鬼頭さんと別れ、力ない足取りでふらふらと廊下を歩いていた。回らない頭で、これからどうしていいのか必死に考えていた。

 しかしいくら考えても答えは見当たらない。あの大きな敵に睨まれたままで、すべて穏便に済ませることなんて無理だと分かっているからだ。

 土下座でもなんでもするから、社員の人たちのために見逃してもらえないだろうか。だって、大昔の恨み、会社のみんなは関係ないじゃないか。せめてうちの家族だけを矛先にしてくれればいいものを。

 そんなことを考えていると、背後から声を掛けられた。

「五十嵐さん、大丈夫?」

 振り返ってみると、徳島さんが心配そうにして立っていた。手にファイルをいくつか抱えている。私は仕事を放ってきてしまったことを思い出し、慌てて言った。

「すみません、大丈夫です。手伝います、抜けてすみませんでした」

「それは全然いいんだよ。顔色が悪いよ、真っ青だ。鬼頭さん、なんだって?」

 聞かれて言葉に詰まった。徳島さんに言えるわけがなかった。うちと八神の意味の分からない援助のことから説明しなきゃいけなくなる。

 私は小さく首を振った。

「今は、ちょっと……」

「言えないような内容だったんだね。可哀想に……」