「ひどい!」

 つい大きな声を出してしまった。若い女性に対するセクハラは、昔に比べれば最近はかなり減ってきたという。でも、やっぱり根付いているのだ。女というだけで下にみて、邪険に扱うことが。

 そんな扱いを受けるだけでも辛いのに、反抗したら会社を辞めさせられたなんて。あまりに可哀想だ。お母さんだったら絶対にそんな仕打ちはしないと断言できる。

 鬼頭さんは頷いた。

「源さんも話を聞いて全く同じ反応をしたよ。町田さんはそのまま、源さんの会社に入ることになったんだ」

「え!」

「ああ、長く務めたあと、旦那さんの海外赴任について行くことになり、円満退社したよ。君は知らないはず。
 だが源さんはそれだけじゃ気が済まなかったようで」

 懐かしむように遠い目をした。鬼頭さんの言葉を、私は緊張しながら待つ。

「あの八神に怒鳴り込みに行ったんだ。自分よりずっと大きな会社だし、仕事を貰っている立場だいうのに」

 唖然として口を開けてしまった。命知らずというか、後先を考えていないというか。私の記憶の中のおじいちゃんは、確かに経営には熱意があったけど、孫の私には甘々だったので、そんな行動をするなんて想像がつかない。

「源さんも、後になって反省していたがね。でもいても経たってもいられなくなったようで。八神の社長に、部下を守れない会社はいつか駄目になる、とほかの社員がいる前で断言したらしい。この事件は当時、私たちの中でちょっとした話題になったもんだよ」

「そ、それで八神の社長は?」

 恐る恐る聞いてみると、鬼頭さんは小さく首を振った。

「まあ、源さんの言うことは正しいが、八神から見たらプライドを傷つけられたと思うよ。自分よりずっと小さな会社が、社員の前で説教垂れてきたわけだからね。当然だが、八神からの仕事は切られて、その後一切関わらなかった」

 ごくりと唾を飲み込む。今の話を聞いて、鬼頭さんが言いたいことが理解できたからだ。

 彼は私に厳しい表情で言った。

「だから、恩を感じてるなんて嘘なんだ。その話はおかしい。八神が君の会社を助けるために援助するなんて、私には信じられない」

 息がしづらい。それを必死に整えるように、何度か深呼吸を繰り返した。うちに恩があるから、なんて嘘だったんだ。

 そうなれば、朋美と話していたことが、信憑性を増してくる。

 助けるんじゃなくて、逆。……うちを潰す方が、目的。

 私が結婚を嫌がることも、わざと嫌な立ち振る舞いをするのも計算のうち。あっちは丁重にもてなしといて、私の我儘をどんどん引き出す。それに怒ったことにして、うちを攻撃する理由にしたかった。

 八神と揉めれば、うちを買収したい会社もなくなる。