食事はあまり喉を通らず、今日は早めに解散となった。途中、まだ開いていた店で、理人さんに一枚ハンカチを購入した。そこまで高級でもない、普通のハンカチだ。

 朋美との話で頭がぐちゃぐちゃの自分は、理人さんの色んな顔を見てみたいと思ったのだ。こんな安物のハンカチを贈られたら、彼は一体どうするのか。多分、一見喜びはすると思う。でも一瞬でも、面倒そうな顔が見えたら、彼の本音に少し近づける気がしたのだ。

 一体何を思って私を迎えているのか。その理由が知りたい、と。

 マンションにたどり着くと、理人さんはまだ帰宅していなかった。私は適当に入浴を済ませ、冷蔵庫の中身のものを飲んだ。休肝日にしようとしたくせに、手を出したのは結局アルコールだった。

 一人で黙々と飲んでいると、二十ニ時を過ぎたころ、理人さんが帰宅した。リビングに入ってきた彼は、私を見て目を細めて笑った。

「ただいま帰りました」

「お、おかえりなさい」

 今朝見ることが出来なかった理人さんのスーツ姿は、似合いすぎてて辛かった。休日とは違い髪もセットされており、少し印象が違う。なるべくそれを見ないようにして視線をそらした。

 理人さんは私に近づき、手元を覗き込む。

「あ、それ美味しいですよね」

「ええ、冷蔵庫の中からもらいました」

「よし、ゆっくり飲んでてください。ダッシュで風呂に入ってきます、少しだけ一緒に飲みましょう」

 そう嬉しそうに言った彼は、急ぎ足でそのまま風呂場に向かっていった。私はきょとんとして見送る。私なんかと飲んで、楽しいんだろうか。愛想もないし、会話も大して弾まないのだが。

 しかし彼は本当にダッシュで風呂を済ませてきた。飲んでいる小さな缶を飲み切らないうちに出てきたのだ。髪はまだ濡れたままで、歩きながらバスタオルで拭いていた。その時香って来たシャンプーの匂いが自分と同じ香りで、なぜか心臓がどきどきとする。濡れた髪はやけに色気を感じて、湿った首筋が目に入っては慌ててそらした。変態か自分は。

 上下黒いラフな部屋着だ。スーツから一気にオフに変わり、そのギャップがなんだかキツイ。

 冷蔵庫から私が飲んでいたものと同じ缶を取り出し、理人さんは隣に腰かけた。嬉しそうに笑う。

「明日は朝、ゆっくりでいいんです」

「そうなんですか」

「乾杯しましょう」

 缶を掲げてくる。私は無言でそれに殆ど中身が残っていない缶をぶつけた。乾いた音が小さく鳴る。

 美味しそうに飲んでいく理人さんを横目で見ながら、今日朋美と話した内容を思い出す。うちを潰そうとしてる? この優しい顔も気遣いも全部計算で、本当は真っ黒な腹をしているというのか。

 分からない。

「そういえば、今日の連絡はあんな感じでよかったですか」

「え?」

「どうしても連絡できない時間帯もありましたけど、あらかじめ言っておけば大丈夫でしたか?」

 そういえばと思い出した。彼は今日一日、律儀に私に連絡を送り続けた。一時間に一通必ずだ。送れそうにないときは、『今から商談なので時間がかかります、終わったら連絡します』と丁寧に説明してくれた。

 スマホが光るたび罪悪感で死にそうになった。なぜこんな無茶苦茶なことに付き合っているんだ、彼は。