もうこの二日間色々ありすぎて混乱していたけど、確かにその通り。理人さんは一時間おきのラインも頑張ってくれるなんて、変なのだ。

「そうだよね……うん、そうだよ。目まぐるしい展開で頭から抜けてたよ、まず第一にこの結婚に前向きなのがおかしいんだって。私はじめはそうお父さんに言ったんだった」

「お見合いを次々断ったぐらいの人でしょ?」

「そう、そうなの。会社的にもメリットはないし、うちのじいちゃんにお世話になったから、その孫と、みたいな文句で縁談が来たわけだけど、そんなふわっとした理由で、なんで理人さんは乗り気なのか」

 彼が天然だとか、そういう問題じゃないだろう。ここまでくれば異常なのだ。

 家事しない、金遣い荒い、仕事は軽視、ビジュアルも普通の女と、なぜ結婚しようとしてる? 昨日会った榎本さんの方がまだいい案件なのでは? 知らないけど、少なくとも顔は私より可愛かった気がする。

 心がざわざわと騒ぎ出す。嫌われて結婚をなしにしてもらいたい一心で、大事な点はすっかり忘れてしまっていた自分が憎い。

 朋美が心配そうに言った。

「いや、こんな展開急すぎて、京香も混乱だよね」

「……頭が全然追いついてなかった、どう考えても変なのに」

「ねえ。もしかして、あっちも京香の方から断ってほしいと思ってるんじゃない?」

「え?」

 私が断るのを待っている? 考えて、すぐに首を振った。

「でも、そう思ってるなら理人さんは優しすぎるよ。こっちのわがままに付き合ってて……断ってほしいなら、私みたいに嫌な人間になればいいじゃない」

「まあ、それもそうか」

「それに、立場は圧倒的に向こうが上なんだよ。私に断ってもらいたい意味が分からない」

 援助をしてもらうのはこっち。敵に回したくないのもこっち。だから、あっちは結婚をなしにしても痛手はないはず。

 朋美はじっと考え込む。そして、ぽつりと言った。

「例えば、さ。
 京香の会社を攻撃する理由が欲しかった、とか?」

 目を丸くした。朋美は続ける。

「言ってたよね、八神を敵に回した会社なんて、買収したいところはなくなるだろうって。
 もし八神が初めからそれを目的にしてたら? 一旦は援助して、その後傾いたとき、助かる方法をつぶすため」

「……つまり、理由もなしにうちを攻撃するのはさすがに忍びないから、理由を作ろうとしたってこと? 援助したのにも関わらず、結婚の約束を破ったのは五十嵐の方だ、って」

 心臓がバクバクと音を立てる。八神は大手で、やり方もやや強引だと聞く。朋美が頷いた。

「例えば、下調べして京香のことを知ってたら。結婚に反対するだろうっていうのも計算のうちで持ち掛けた話だったら。
 理人さんが下手に冷たくするより、ニコニコ京香のわがままを聞いてあげてた方が、結婚が駄目になった時に有利だよ。『こっちは散々丁重にもてなした、証拠にいいものを買い与えていい食事も与えていた。なのに向こうが嫌がった』となれば、圧倒的に京香が悪者になる」

 昨日の様子を思い出す。私によくしてくれていたことは、いろんな人が証人になってるだろう。買い物だって、食事だって、理人さんは最高にもてなしてくれていた。

 頭の中が回りだす。いやでも、こっちから結婚を断るなんて出来ないこと、八神は知ってるはずだろう。このまま私も諦めて結婚しちゃったらどうするつもりなんだ。私も八神の人間になってしまって……

 そうなったときのことを想像する。もし結婚が進んでしまって、その後結局会社も傾いたら。

 はっとする。

 離婚すればいいのか。

 離婚して私とは縁を切る。その際、『とんでもなく我儘な女だったので散々揉めた』とでも噂を流しておけばいい。八神と揉めた人間の会社なんて、買収したいところは現れない。

(全部計算のうちだったら? 私が嫌がってわがままになることも、全部)

 血の気が引く。しかしそれと同時に、理人さんの顔が脳裏に浮かんだ。どれも優しく笑っているものばかりだった。

 私のワンピースのシミを何とかしようとしてくれた必死な顔や、経営について語る真剣な横顔。誠実で、まじめな人に見えた。あの人が本当に、そんなことを計算してやってるんだろうか?

「京香?」

 朋美が心配そうにこちらを覗き込んでくる。私はふるふると首を振った。

「そんな、だって、八神ほどの大きな会社にそんなに睨まれる理由なんてないよ」

「それはまあ、心当たりはないだろうけど」

「それに理人さん、本当にいい人だと思う。わがままな私に付き合って、嫌な顔一つせずに……経営については本当によく考えて真面目だし。昨日、私がお母さんのワンピースを汚しちゃったときも、凄く真摯に対応してくれた。悪い人には全然見えな」

「京香、大丈夫?」

 朋美が驚いた顔で私を見る。もうビールを飲む手はすっかり止まり、泡は大分減っていた。彼女は私の表情をうかがいながら言う。

「たった二日でそんなに相手の肩を持つなんて、大丈夫なの? ハマってない?」

「え」