「はい。仕事中もです。じゃないと、相手に何かあったのかなって心配だし、私を思い出してくれないのかなって思っちゃうんです」

「京香さんは、一時間に一度スマホを見れるんですか?」

 見れるわけない、傾きかけているうちの会社の忙しさを舐めないでほしい。私は正直に言った。

「見れませんよ。でも、後で履歴を見ればわかるじゃないですか」

「……」

「私は連絡しませんけどね。相手にはしてほしいんです」

「……一時間に一度、ですか」

「ええ。私にとっては重要なことです」

 胸を張って堂々と言った。一時間に一度メッセージを送る、正直頭が沸いているとしか思えない提案だ。しかも、天下の八神グループの息子に向かって。忙しいのは間違いないだろうし、そんな時間を作る余裕なんてないだろう。

 しかも、これから先ずっとだぞ? こんな女と結婚したら、ずっとそんな日々が続くんだぞ? 発狂するだろう。

 理人さんは考えるようにして尋ねる。

「あなたがこれまでお付き合いした男性は、それをクリアしてきたんですか?」

「もちろんです。みんな頑張ってくれてましたよ。毎日のように愛の言葉を送ってくれたり、会いに来てくれたり」

「なるほど……」

 理人さんが黙り込む。私はその横顔を、ニコニコ顔で見つめた。

 これはキツイだろう、初めからこっちの方向で行けばよかった。さすがに理人さんも困っているようだ。それでいい、困って、引いて、将来を考え直すんだ。

 少しした後、彼はこちらを見た。そして真剣な面持ちでこう言った。

「どうしても会議や商談などで、時間が取れないことがあると思うんです。それ以外は頑張りますが、そういう時はどうしましょうか? 終わった時、二通送ることで許してくれませんか? 誰かに代理を頼むのはだめですよね、やはり本人がやらないと意味ないですよね」

「へ」

「仕事柄、どうしても時間が取れないことが……何か妥協案はありませんか?」

 私は目の前の男が信じられなくて、つい口を開けてしまった。間抜けにも、瞬きすら忘れて理人さんの顔を眺めている。

 そこは『そんなことできるわけない』って怒るところですよ。『わがまま言うな』ってぶん殴っていいところですよ! あ、暴力は反対だけど、それぐらいの勢いがあってもいいんですよ。

 はっとして口を閉じる。負けない、もう一押し行くんだから! 理人さんの天然は分かっていたので、もしかしたらこんな返答が来るかもしれないと思っていたのだ。

「駄目です。妥協はしません。
 私と仕事、どっちが大事なんですか?」

 漫画でしか見たことのない愚かなセリフを述べた。

 普段の自分なら鼻で笑う発言だ。何を言っているのか、脳みそが足りないのかと笑ってしまうだろう。それぐらい、この発言はばかばかしい。しかも、百歩譲って、付き合いたてラブラブな若いカップルが言うならまだしも、昨日会ったばかりの相手。好きでもなんでもない人間に、こんなことを言われて腹を立てない人間なんているんだろうか。

 だがしかし、理人さんは即答した。

「京香さんの方が大事ですよ」

「……え」

「あなたのことが大事だから、仕事も頑張ります。あなたには幸せな生活を送ってほしいので」

 そうきっぱり言い切った彼のまなざしは、あまりに真っすぐで、嘘なんかないように見えた。

 一瞬、脳が錯乱する。目の前の人は私のことをすごく愛してくれてる相手なんじゃないかって、そんな幻を見た。そんなわけがないのに、そう思ってしまうほど、理人さんの表情は真剣だった。

 瞬時に自分の顔が熱くなったのを自覚した。私は慌てて顔をそらす。

 胸が痛かった。何を本気に受け取っているのだ自分は。多分、相手のビジュアルが結構私好みだから。だから不意打ちもあって、こんなふうにドキドキしてしまった。落ち着け、落ち着くんだ。理人さんのペースに乗せられてはいけない。