彼のそんな表情を見るのは初めてだったので、不思議に思いそちらを見てみる。すると、外に一人の若い女性が立って、興奮気味に手を振っていた。年は理人さんと同じくらいだろうか。結構派手な女性に見えた。髪を巻き、高いヒールを履き、口には赤いリップが塗られている。だが、一般的には美人に分類される女性だと思った。

「お知り合いですか?」

 私が尋ねると、彼は口元を隠しながら言う。

「ここから少し行ったところにある会社なんですが、彼女、榎本社長の長女で、以前結婚相手にどうかと話が持ち上がったことがあるんです」

「はあ……」

 聞いたことがある、うちより大きなところじゃないか。仕事上関わったことはないが、名前くらいは頭に入っていた。なるほど、以前理人さんとお見合いをしたってわけか。

 ということは、彼女はお見合いで断られた相手、ということ。

 私はちらりと窓の外を見る。すると、すでに榎本さんはいなかった。もう去ったのか、と思っていると、理人さんが何やら不穏な顔をして言った。

「すみません京香さん、すぐにここを出」

「こんにちはあー!」

 突然高い声が届いて振り返る。今先ほど、ガラスの向こうで手を振っていた彼女が、店内にまで入ってきていたのだ。視界の端で、理人さんが困ったようにため息をついたのが見えた。

 榎本さんはニコニコしながら、理人さんに近づく。私は特に動くことなく、そのまま無表情で座っていた。

「ご無沙汰してます八神さん! こんなところで会えるなんて」

「ご無沙汰しております」

「こんな偶然あるんですね、運命みたい!
 あれ? もしかして、またそういう……席でしたか? ふーん」

 彼女は私の存在にようやく気が付き、ちらちらとこちらを見てくる。品定めするよう上から下まで観察されたあと、余裕たっぷりの顔で笑って見せた。

「ふふ、まだ八神さん独身でいらっしゃったんですねえ? ですよねーうんうん、あなたも頑張ってくださいね? やっぱり八神さん相手じゃ、普通の女性は無理でしょうから」

 その顔とニュアンスで、何を言いたいのか感づく。『あなたみたいな平凡な人なら、絶対断られちゃいますね、ご愁傷様』と嘲笑っているのだ。