自分は甘いみたいだ。今、私は悪い人間になり切れずにいる。

「あまりこういったお店は来たことがありません」

 とりあえず、貶すことも、褒めることもしないでおいた。精いっぱいの返答だ。理人さんはそれでも嬉しそうに笑う。

「味はとてもいいです。ここのシェフは、元々は父が気に入っていた腕前なんです。海外で修業を積んだらしくて……繊細な味なんですよね」

 私は返事を返さなかった。何も返せないのが辛い。すぐにオーナーがメニューを持ってきてくれたので、話題が途切れる。私はオーダーもすべて理人さんに任せ、自分はひたすら言葉を発さないように、無表情でいるようにだけ努めた。





 さすが八神の社長にも認められた味。文句のつけようがない料理だった。

 値段自体は、そこまで高くないのがまたすごい。盛り付けも丁寧で美しく、素材の味を生かした調理はつい唸ってしまった。残すことなんて出来ず、私は綺麗に完食した。美味しい、とは一度も口に出さなかったけれど、この皿を見れば、味を気に入ったことなんて一目瞭然だと思う。

 理人さんは私にお酒も勧めてくれたので、一人赤ワインを頼んだ。昼間から運転手差し置いて酒。しかも何回かおかわりしてやった。酒は結構強い方なのだ。

 彼は私の正面でニコニコしながら、時々たわいない質問を投げかけた。私は短く答える。また質問される。簡素に答える。これを何度か繰り返しただけのランチタイムだ。

 はたから見ても、仲のいいカップルには見えないだろう。それでいいと思った。あのオーナーが、後で理人さんに助言してくれればいい。『あの女性は、結婚相手にどうなんでしょう』と。

 食事もほとんど終え、膨れたお腹をさすった。こんなに美味しい食事、いつぶりだろう。食べ物は粗末にするな、って、母はいつも言っていたな。

 何度かおかわりをした赤ワインも、あとわずかにグラスの残っているだけになった。さてそれを飲み切ってしまおうかと手を伸ばす。理人さんが言った。

「お酒、お強いんですね」

「え、ああ、好き、ですかね」

「今度家で飲みませんか。ワイン以外では何がお好きですか?」

 返答に困る。また、不思議な彼からの歩み寄りだ。なぜこうも優しいんだろうか、前世菩薩なのかな。

 断る理由は見当たらない。こうなれば、酒を飲んで暴れたりして迷惑かけようか。私はいまだかつて酔うという経験をしたことがないが、酔っぱらった演技でもして……

 そう考えているとき、ふと理人さんが窓の外を見た。そして、少しだけ眉をひそめた。