こちらの表情に気が付いたのか、理人さんが不思議そうに首を傾げた。

「ほかにもいいものありましたか?」

「え、あ、へ、いや、そ」

「ここはリーズナブルな普段使いですから、フォーマルな店は他で見て回りましょう」

 青ざめるしかできない。私は八神の財力を甘く見ていたようだ。あんな作戦、無意味だった。本当の金持ちは、値札も見ずに一気に買うのが当たり前なんだ。

(だめだ……散財キャラで嫌われるのは無理があるかもしれない……これ以上高級なものを買うのは、私の精神力が持たない)

 つい先日まで、三千円切るぐらいの服ばかり身に着けていた私が、こんな買い物心臓が持つはずがない。この調子だと、いっそ土地とかマンションとかをねだるぐらいしないとダメみたい。もし、もし万が一『いいですよ、マンション買ってあげます』なんて言われたら? もう逃げ出せないではないか。何が怖いって、言いそうだからだ、理人さん。

 頭の中は大嵐が吹き荒れている。混乱している私をよそに、理人さんは会計を終わらせて戻ってきていた。荷物は郵送してもらうらしい。確かに、金持ちが両手に荷物いっぱいって見たことないもんなあ……。

 唯一の抵抗として、お礼は言わないでおいた。だがやはり、理人さんはそんなこと気にしていないようで、楽しそうに次の店へ歩いて行った。

 貧乏人が金を使うということは、ストレスになるのだと、その日初めて知ることになる。

 その後理人さんが足を踏み入れたお店は、やはり高級店ばかりだった。そして、大して値段も見ずに次から次へと購入していく。私は途中から、頬の筋肉が死んでいたと思う。どうにでもなれ、と思っていた。

 買い物で高級なものをねだって引かれるはずが、私の方が引いている。全然うまくいっていない。

 嫌われるための作戦は、今日も何一つうまくいっていないのだ。

 絶望を感じながら、重い足を必死に動かし歩いていると、理人さんが腕時計を眺めて言った。

「そろそろ昼ですね。買い物は一旦休憩して、近くの店を予約しているんです、ランチ行きましょうか」

「は、はい」

「小さいですが温かな空気感が好きで、気に入ってる店なんです」

 やることなすことすべて完璧だ。これがデートなら、彼は満点の動きをしている。

 金持ちだということを除いても、こちらを気遣う素振りや時間配分、理人さんはそういったことが非常にうまい。おそらく、仕事ができる人なんだろうなあと想像つく。八神の次男なのだから当たり前と言えばそうなんだが、私は素直に感心してしまう。

 一度車に戻り、理人さんの運転で近くの店に移動した。車内での会話はほとんどない。彼が時々私に話しかけて、それに一言、二言返すだけだ。態度は悪いと思う、あれだけいろんなものを買ってやったのに、愛想の一つふるまえないのかと、普通なら機嫌を悪くするところだ。

 ほんの十分ほど移動したのち、目的の店にたどり着く。確かに、そこまで大きくないレストランだった。真っ白な壁に、小さな看板が掲げてある。ガラスの入り口は綺麗に磨かれていた。

 一目で気に入った。こじんまりとしつつ、お洒落で品がある。そろそろお腹がすいてきた頃なので、正直心は弾んでしまった。