まず二人で入ったのは、上品な洋服が並ぶ、レディースのお店だった。ブランド名が目に入っていたが、私は知らないブランドだった。元々、ブランドには興味がなく詳しくないのだ。本当に王道なものしか分からない。

 八神の人間が一体どんな店に入るのかドキドキしていたが、思ったより普通のお店で安心した。まあ、ドレスとかじゃなくて普段着のお店っぽいしね。だがもちろん、私が今まで買ってきたリーズナブルなお店とは全然違うのだが。

 理人さんが言う。

「どうですか、ピンとくるものありますか」

 私は適当に、そばにあった薄いシャツを手に取った。淡いピンク色のそれは、上品なデザインで可愛らしい。私はわざとらしくうーんと唸る。

 ちらっと目の前の棚を眺める。昨晩何度も練習したセリフを、今出す時だ。

 ドラマや映画でしか見たことがない、誰しもが一度は憧れるあのセリフだ。こんなセリフを言う日が来るとは思っていなかった。私は夢が叶うし、理人さんは絶対引くだろうし、一石二鳥ではないか。

 秘儀「この列の商品すべてください」だ!

「この列の」

 言いかけたとき、ふと止まる。手に持っていたシャツの裾から、値札とみられるものが少し顔を出していたからだ。貧乏人の習性からか、そちらにすぐ視線が動いてしまった。そして、桁数を無意識に数えてしまったのだ。

 あ、四千五百円……。あれ、ちょっと待て。

 ゼロが一つ違うぞ。四万五千円。

 サーッと血の気が引いた。知らないブランドだったし、薄めのシャツだし油断していた。

 四万五千円!? このぺらっぺらのシャツが、四万五千円するの!? 嘘でしょう、そんなの、一生洗濯する必要がないとか、スーパーなスキルぐらい付いていないと釣り合っていないではないか!

 言いかけた言葉は完全にお腹の中に戻った。私は瞬きもせずそのシャツを眺め続けている。どうしていいのか固まって動けないのだ。

「京香さん、それが気に入りましたか?」

「あ、い、いや」

「では、この辺のもの買っていきますか。すみません、この列周辺のもの適当に全部ください」

 私はそのまま理人さんを二度見した。彼は涼しい顔で店員と話している。私は口をパクパクさせながら、その会話を見ているしかできない。

 いやあなたがそれ言っちゃうんかい!