「桜澤さん、お疲れ様でしたー」

ミーティングルームを出ると、仕事の手を止めた編集者たちが顔をあげて声をかけてくる。
私はにこっと笑顔を作り「ありがとうございました」と挨拶をしながら編集部内を通り抜け廊下に出た。付き添っていた女性誌『ワン』の編集者がエレベーターのボタンを押した。

「今回の特集、絶対ウケますよ。働く恋人たちのおうちごはん」

彼女はふんふんと鼻息荒く言う。私は遠慮がちに微笑んで見せた。

「私の紹介した料理が、ワンの読者層に響けばいいんですけど」
「響くに決まってるじゃないですかあ。大人気料理研究家・桜澤夕子先生の監修ですよ!」

私より年下の若い編集は、元気に答える。

「実際、私も大学時代に当時の彼氏に桜澤先生のレシピでごはん作ってあげたことがあるんです。先生のチャンネル見ながら作っただけなのに、すっごい見た目がおしゃれで彼氏ウケよくて~」
「男性にも喜んでもらえるのは嬉しいですね」
「今回のレシピも企画段階でもうおしゃれみが溢れちゃってますもん。蕪とか大根とか?こんなに綺麗で繊細な料理にできちゃいます? 男がとか女がとかじゃなくて、忙しいワーカーが恋人に作ってあげたい素敵なレシピっていうのがいいんですよぉ」

ベタ褒めしてくれる編集に照れ笑いとも苦笑いともつかない笑顔を返し、私は到着したエレベーターに乗り込んだ。

「それじゃあ、先生、来週の撮影もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。では、失礼します」

エレベータ―を降りエントランスを抜けて外に出ると、マネージャーの若菜(わかな)の車が来ていた。