炊き出しを行い、領民たちに体力をつけさせると同時に教会の修繕をお願いした。
お金はまだまだかかる。報奨金はあるがアテにしすぎるのは良くないだろう。
「領主様、大量の小麦なんか買って、何を始めるんです?」
教会を修繕するにあたって大工仕事の得意な男、ヤンをリーダーに添えた。
問題がないか確認している私をヤンは興味深そうに見ている。
「金稼ぎ」
「お貴族様の言葉とは思えませんね」とヤンは吹き出しながら言った。
そうだろう。
貴族は働かないことを美徳とする。働くのは卑しい人間のすることだと。貴族の衣食住は彼らが言う卑しい人間が納める税金で賄われているのだ。
それこそ恥ずべき行為だと私は思う。
「整備しないといけないところは多い。君たちだって当分は税金を納められないだろう。それどころか生きるためのお金さえ稼ぐのが無理な連中もいる」
「小麦が金に変わるんですか?」
「従軍した時に様々な傭兵に会った。彼らはいろんな国を渡り歩いているし、出身国も様々だ。そのおかげで色んなことを知っていてね、色々と教わった。きっとすぐに真似されてダメになるけど新しい事業を考えるまでの時間稼ぎにはなるだろう」
懐かしいと思いながら話しているとヤンは悲痛そうな顔をした。本来なら箱庭の中で大切に守られながら育てられる貴族の令嬢が持つはずのなかった武器を持って戦っていた事実に心を痛めしまったのかもしれない。
確かに辛いこともたくさんあった。でも、それだけではなかった。だから気を遣う必要も心を痛める必要もないのに。
それに彼らだって戦争のせいで故郷や家族、友人たちを失っている。味わった痛みは違えど、傷を負っているのは一緒だ。だから私のことなど気にかける必要はない。
まずは自分達のことを優先して考えてほしい。
「憎くは、ないんですか?」
憎い?ヤンは何を言っているのだろう。
「憎む相手などいないよ。戦争を仕掛けたのはパイデスだ。エルダは自衛しただけ。戦争を仕掛けておいて何もするななんておかしな話しだろ」
「そう、ですけど。でも」
ヤンたちが憎む相手がいるとしたらそれはエルダではなく、戦争を始めた国だろう。そして彼らを守れなかった私たち貴族だ。
けれど、守る側である私に憎む相手はいない。
「憎しみは次代に引き継ぐべきではない。悲劇は繰り返してはならない」
ヤンは口を真一文字に結び、拳を強く握りしめていた。自分の中にある憎しみや怒りを抑え込んでいるようだ。
平気なフリをしていても彼にも傷があるのだろう。
傷のない人間なんていない。敵も味方も関係なく傷を負う。それが戦争だ。
「君たちは今回のことで知ったはずだ。訳も分からず虐殺される恐怖を、当たり前に続いたかもしれない明日を奪われる絶望を。ならば尚更、私たちの代で終わらせなければならない」
「っ。は、い」
大の男が泣く姿は女の私が見るべきではないだろうと思い私は彼から視線を逸らした。
瓦解した建物を見る。
この戦争に意味はあったのだろうか。失われた命に意味はあったのだろうか。
『憎む相手などいないよ。戦争を仕掛けたのはパイデスだ。エルダは自衛しただけ』
ああ、分かっている。
『憎しみは次代に引き継ぐべきではない』
分かっているよ。
なら、なぜ今、死んだ戦友たちの顔が浮かぶ?
『私は嬢ちゃんが生き残ることを願っているよ。戦争が終わって、平和になった国で、生きて幸せになることを』
隊長、私は生き残るべきではなかった。
私もあなたと一緒に死んでしまいたかった。
誰も待っていない故郷になど帰りたくはなかった。
戦争が終わっても、平和な国になっても、失った命はもう戻らない。二度と、戻っては来ないんだ。
私は、どう、生きればいい?
お金はまだまだかかる。報奨金はあるがアテにしすぎるのは良くないだろう。
「領主様、大量の小麦なんか買って、何を始めるんです?」
教会を修繕するにあたって大工仕事の得意な男、ヤンをリーダーに添えた。
問題がないか確認している私をヤンは興味深そうに見ている。
「金稼ぎ」
「お貴族様の言葉とは思えませんね」とヤンは吹き出しながら言った。
そうだろう。
貴族は働かないことを美徳とする。働くのは卑しい人間のすることだと。貴族の衣食住は彼らが言う卑しい人間が納める税金で賄われているのだ。
それこそ恥ずべき行為だと私は思う。
「整備しないといけないところは多い。君たちだって当分は税金を納められないだろう。それどころか生きるためのお金さえ稼ぐのが無理な連中もいる」
「小麦が金に変わるんですか?」
「従軍した時に様々な傭兵に会った。彼らはいろんな国を渡り歩いているし、出身国も様々だ。そのおかげで色んなことを知っていてね、色々と教わった。きっとすぐに真似されてダメになるけど新しい事業を考えるまでの時間稼ぎにはなるだろう」
懐かしいと思いながら話しているとヤンは悲痛そうな顔をした。本来なら箱庭の中で大切に守られながら育てられる貴族の令嬢が持つはずのなかった武器を持って戦っていた事実に心を痛めしまったのかもしれない。
確かに辛いこともたくさんあった。でも、それだけではなかった。だから気を遣う必要も心を痛める必要もないのに。
それに彼らだって戦争のせいで故郷や家族、友人たちを失っている。味わった痛みは違えど、傷を負っているのは一緒だ。だから私のことなど気にかける必要はない。
まずは自分達のことを優先して考えてほしい。
「憎くは、ないんですか?」
憎い?ヤンは何を言っているのだろう。
「憎む相手などいないよ。戦争を仕掛けたのはパイデスだ。エルダは自衛しただけ。戦争を仕掛けておいて何もするななんておかしな話しだろ」
「そう、ですけど。でも」
ヤンたちが憎む相手がいるとしたらそれはエルダではなく、戦争を始めた国だろう。そして彼らを守れなかった私たち貴族だ。
けれど、守る側である私に憎む相手はいない。
「憎しみは次代に引き継ぐべきではない。悲劇は繰り返してはならない」
ヤンは口を真一文字に結び、拳を強く握りしめていた。自分の中にある憎しみや怒りを抑え込んでいるようだ。
平気なフリをしていても彼にも傷があるのだろう。
傷のない人間なんていない。敵も味方も関係なく傷を負う。それが戦争だ。
「君たちは今回のことで知ったはずだ。訳も分からず虐殺される恐怖を、当たり前に続いたかもしれない明日を奪われる絶望を。ならば尚更、私たちの代で終わらせなければならない」
「っ。は、い」
大の男が泣く姿は女の私が見るべきではないだろうと思い私は彼から視線を逸らした。
瓦解した建物を見る。
この戦争に意味はあったのだろうか。失われた命に意味はあったのだろうか。
『憎む相手などいないよ。戦争を仕掛けたのはパイデスだ。エルダは自衛しただけ』
ああ、分かっている。
『憎しみは次代に引き継ぐべきではない』
分かっているよ。
なら、なぜ今、死んだ戦友たちの顔が浮かぶ?
『私は嬢ちゃんが生き残ることを願っているよ。戦争が終わって、平和になった国で、生きて幸せになることを』
隊長、私は生き残るべきではなかった。
私もあなたと一緒に死んでしまいたかった。
誰も待っていない故郷になど帰りたくはなかった。
戦争が終わっても、平和な国になっても、失った命はもう戻らない。二度と、戻っては来ないんだ。
私は、どう、生きればいい?