side .シーラ
よく救護院には慰問へ行った。それは王女としての義務ではあったけど、私自身義務だから行くのではなない。王女として少しでもかわいそうな人たちを助けたいと思ったからだ。
怪我や病気で苦しんでいる人は何人も見てきた。けれど、包帯で覆われていたから怪我の状態を見たことはなかった。包帯を取り替えたことはあるけど、そう言う時はガーゼで覆われていたし、今思えば殆ど治りかけていたと思う。
救護院にいる人は職員も患者も笑顔で私のことを快く受け入れてくれた。
アイリスが連れて行ってくれた救護院は血の匂いがすごかった。それに誰も王女である私が来たことに気づかなかった。領主であるアイリスですら声をかけないと気づかれない状態だ。
余裕がないのだ。
これが救護院の実態だとアイリスは言う。私が今まで慰問に行っていたところもこことそう変わらないと。ならばどうしてありのままを教えてはくれなかったのだろう。
本当のことを教えてくれないと本当に必要な支援だってできないのに。
「ここが孤児院です」
アイリスの声にハッと我に返ると昨日行くはずだった孤児院に着いていた。昨日、救護院を見た衝撃で立ち直れなかった私を気遣ってアイリスが翌日に回してくれたのだ。
視察の予定を狂わせて悪いことしちゃったわ。今日はちゃんとしなくては。お父様もこの視察は私がいずれ女王として立つときに役に立つって仰っていたし。
「子供たちは?」
広い庭で駆け回っているはずの子供の姿が見えない。
「中にいます」
「中に?こんなにいいお天気なのに庭で遊んだりはしないの?」
「姫は孤児院と託児所を勘違いされてはいないか?」
ミランに小馬鹿にされた感じがしてちょっとムッとした。というか、孤児院に彼を連れて来るのは問題だと思う。昨日もそうだけど、道中も崩れた瓦礫の撤去作業や道の整備をしているのを何度も見た。
戦争の痕跡がまだ残っているのだ。それは見た目だけではない。子供たちの心だって。彼を連れて来るということは子供たちの心の傷を抉るようなもの。アイリスったら気が利かないのね。
「どういう意味かしら」
「殿下、孤児院の子供たちは日中は働いています」
「えっ」
ミランの代わりに答えてくれたアイリスの言葉に私は一瞬何を言われたか分からずに固まる。次に激しい怒りが湧き上がった。
「子供を働かせるなんて何を考えているの、アイリス。こんなこと許されることじゃないわ。子供は保護され、健やかに育つべき存在よ。それに子供の労働は法律では禁止されているわ。これは犯罪よ」
まさか私の友達であるアイリスが犯罪者だったなんて。見損なったわ。
「いいえ、殿下。これは犯罪にはなりません。なぜなら孤児は成人まで納税の義務が免除されているからです」
それぐらい知っているわ。可哀想な子供たちのことを考えた良い法律じゃない。それがなんだと言うの?
「その顔はどうやら分かっておられないようだ」
ミラン王太子ってどうしてこう鼻につく言い方しかできないのかしら。魔鉱石を独占する国ですもの。きっと性根の腐り切った方なのでしょうね。ああいう人にだけはなりたくないわ。私はみんなに優しくて、みんなを助けられて、みんなを守ってあげられる善い女王になるんだもの。
「何が分かっていないというの。ミラン殿下」
「最初の文言にあるだろ。『納税義務のある子供の労働を禁止する』と。つまり、納税義務がない孤児院の子供はその対象にならない」
「そんなの屁理屈だわ。犯罪者は屁理屈ばかり捏ねる」
「でも事実ですよ、殿下」
「アイリス、あなたまで」
信じられない。ここで真っ当なのって私だけなの?
「現に他の孤児院でも子供は労働しています。これは孤児院にいる子供のためでもあります」
「弱者を食い物にしている人間の戯言だわ。いくらお友達であるアイリスでも見逃せはしない。このことはちゃんとお父様に報告させていただきます。しっかりと罪を償って真っ当な人生を歩んで」
「では問います、殿下。パンを買うお金のないスラムの子供が上を凌ぐためにパンを盗みました。殿下はどうしますか?」
「そんなの、犯罪であることを説明して、パンはちゃんと返すように諭すわ」
「つまり、あなたはその子供に死ねということか」
「ミラン殿下、あなたはどうしてそう穿った見方をするんですか?」
「事実を言ったまでだ。スラムの子供に真っ当な働き口はない。孤児というだけ、スラムというだけで犯罪者のように扱い、『いつか罪を犯すはずだ』と決めつけて社会全体で拒む。国がそういうシステムを作り上げてしまったんだ。働けない、金がない。でもお腹は空く。盗むしかないだろ。気まぐれに与えられる善意を待てるような理想主義者はスラムにも孤児にもいないよ」
「・・・・・」
「殿下、国や各貴族家が孤児院に出している支援金だけでは孤児院の運営費には到底及びません。特に戦争中でありましたし、国の気遣いは孤児院にまでは届かないんです。子供たちが働いて稼がなくてはあの子たちは今日食べるパンにすらありつけません」
・・・・・・・そんな。私の知っている孤児院の子たちはいつも庭で遊んでいた。貴族や私が着ている服には及ばないけど、可愛らしい服を着ていた。
みんな笑顔で庭を駆け回っていた。
「これも王女が支援してくださっているおかげです」って院長先生は私が慰問に行くたびに言っていたわ。
まぁ、支援って言っても王宮の文官たちに任せているから支援している金額までは把握できていないけどいつも「支援はたくさんね」ってお願いしているから新しい服が買えるぐらい余裕の金額をしているんだとばかり思っていた。
でも、本当は違うの?
まさか横領されてたとか?
お父様もアイリスもそのことに気づかず、やむなしに子供を働かせているの?
「子供のうちから働かせて、その子がどういう子なのかを知ってもらうことにより成人後の働き口を確保する目的もあります。さぁ、立ち話で時間を費やしてはもったいないです。せっかく来たのだから中に入りましょう」
「・・・・・そうね」
取り敢えず現状把握よ。
子供たちが不当に働かされているのを黙って見過ごすわけにはいかない。ちゃんと子供たちの心の叫びに耳を傾けなければ。
よく救護院には慰問へ行った。それは王女としての義務ではあったけど、私自身義務だから行くのではなない。王女として少しでもかわいそうな人たちを助けたいと思ったからだ。
怪我や病気で苦しんでいる人は何人も見てきた。けれど、包帯で覆われていたから怪我の状態を見たことはなかった。包帯を取り替えたことはあるけど、そう言う時はガーゼで覆われていたし、今思えば殆ど治りかけていたと思う。
救護院にいる人は職員も患者も笑顔で私のことを快く受け入れてくれた。
アイリスが連れて行ってくれた救護院は血の匂いがすごかった。それに誰も王女である私が来たことに気づかなかった。領主であるアイリスですら声をかけないと気づかれない状態だ。
余裕がないのだ。
これが救護院の実態だとアイリスは言う。私が今まで慰問に行っていたところもこことそう変わらないと。ならばどうしてありのままを教えてはくれなかったのだろう。
本当のことを教えてくれないと本当に必要な支援だってできないのに。
「ここが孤児院です」
アイリスの声にハッと我に返ると昨日行くはずだった孤児院に着いていた。昨日、救護院を見た衝撃で立ち直れなかった私を気遣ってアイリスが翌日に回してくれたのだ。
視察の予定を狂わせて悪いことしちゃったわ。今日はちゃんとしなくては。お父様もこの視察は私がいずれ女王として立つときに役に立つって仰っていたし。
「子供たちは?」
広い庭で駆け回っているはずの子供の姿が見えない。
「中にいます」
「中に?こんなにいいお天気なのに庭で遊んだりはしないの?」
「姫は孤児院と託児所を勘違いされてはいないか?」
ミランに小馬鹿にされた感じがしてちょっとムッとした。というか、孤児院に彼を連れて来るのは問題だと思う。昨日もそうだけど、道中も崩れた瓦礫の撤去作業や道の整備をしているのを何度も見た。
戦争の痕跡がまだ残っているのだ。それは見た目だけではない。子供たちの心だって。彼を連れて来るということは子供たちの心の傷を抉るようなもの。アイリスったら気が利かないのね。
「どういう意味かしら」
「殿下、孤児院の子供たちは日中は働いています」
「えっ」
ミランの代わりに答えてくれたアイリスの言葉に私は一瞬何を言われたか分からずに固まる。次に激しい怒りが湧き上がった。
「子供を働かせるなんて何を考えているの、アイリス。こんなこと許されることじゃないわ。子供は保護され、健やかに育つべき存在よ。それに子供の労働は法律では禁止されているわ。これは犯罪よ」
まさか私の友達であるアイリスが犯罪者だったなんて。見損なったわ。
「いいえ、殿下。これは犯罪にはなりません。なぜなら孤児は成人まで納税の義務が免除されているからです」
それぐらい知っているわ。可哀想な子供たちのことを考えた良い法律じゃない。それがなんだと言うの?
「その顔はどうやら分かっておられないようだ」
ミラン王太子ってどうしてこう鼻につく言い方しかできないのかしら。魔鉱石を独占する国ですもの。きっと性根の腐り切った方なのでしょうね。ああいう人にだけはなりたくないわ。私はみんなに優しくて、みんなを助けられて、みんなを守ってあげられる善い女王になるんだもの。
「何が分かっていないというの。ミラン殿下」
「最初の文言にあるだろ。『納税義務のある子供の労働を禁止する』と。つまり、納税義務がない孤児院の子供はその対象にならない」
「そんなの屁理屈だわ。犯罪者は屁理屈ばかり捏ねる」
「でも事実ですよ、殿下」
「アイリス、あなたまで」
信じられない。ここで真っ当なのって私だけなの?
「現に他の孤児院でも子供は労働しています。これは孤児院にいる子供のためでもあります」
「弱者を食い物にしている人間の戯言だわ。いくらお友達であるアイリスでも見逃せはしない。このことはちゃんとお父様に報告させていただきます。しっかりと罪を償って真っ当な人生を歩んで」
「では問います、殿下。パンを買うお金のないスラムの子供が上を凌ぐためにパンを盗みました。殿下はどうしますか?」
「そんなの、犯罪であることを説明して、パンはちゃんと返すように諭すわ」
「つまり、あなたはその子供に死ねということか」
「ミラン殿下、あなたはどうしてそう穿った見方をするんですか?」
「事実を言ったまでだ。スラムの子供に真っ当な働き口はない。孤児というだけ、スラムというだけで犯罪者のように扱い、『いつか罪を犯すはずだ』と決めつけて社会全体で拒む。国がそういうシステムを作り上げてしまったんだ。働けない、金がない。でもお腹は空く。盗むしかないだろ。気まぐれに与えられる善意を待てるような理想主義者はスラムにも孤児にもいないよ」
「・・・・・」
「殿下、国や各貴族家が孤児院に出している支援金だけでは孤児院の運営費には到底及びません。特に戦争中でありましたし、国の気遣いは孤児院にまでは届かないんです。子供たちが働いて稼がなくてはあの子たちは今日食べるパンにすらありつけません」
・・・・・・・そんな。私の知っている孤児院の子たちはいつも庭で遊んでいた。貴族や私が着ている服には及ばないけど、可愛らしい服を着ていた。
みんな笑顔で庭を駆け回っていた。
「これも王女が支援してくださっているおかげです」って院長先生は私が慰問に行くたびに言っていたわ。
まぁ、支援って言っても王宮の文官たちに任せているから支援している金額までは把握できていないけどいつも「支援はたくさんね」ってお願いしているから新しい服が買えるぐらい余裕の金額をしているんだとばかり思っていた。
でも、本当は違うの?
まさか横領されてたとか?
お父様もアイリスもそのことに気づかず、やむなしに子供を働かせているの?
「子供のうちから働かせて、その子がどういう子なのかを知ってもらうことにより成人後の働き口を確保する目的もあります。さぁ、立ち話で時間を費やしてはもったいないです。せっかく来たのだから中に入りましょう」
「・・・・・そうね」
取り敢えず現状把握よ。
子供たちが不当に働かされているのを黙って見過ごすわけにはいかない。ちゃんと子供たちの心の叫びに耳を傾けなければ。